剣と虹とペン

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「もしかしたら御剣検事が心配してるかもしれないと思って、何度も電話したんですけど通じなくて」
「それで今、どこにいるんだキミは!」
「検事局のロビーです」
「すぐ行く。そこに‥‥‥そこにいたまえッ!」



 御剣が着いたとき、検事局ロビーはマスコミや警察関係者でごった返していた。人混みを見渡し、奥の壁際に立つ奈理の姿を見つける。
 彼女も目を合わせると、人の波を縫ってこちらに小走りで向かってくる。取材陣は誰もがまだカメラを抱え、マイクを手にしていた。いきなり現れた赤いスーツの検事に彼らも気づき騒然となる。その中を御剣は大股でまっすぐ奈理へと歩いていった。

 不躾にカメラが向けられフラッシュが光る。マイクを持った人間が口々に何か言っているようだが、彼の耳には何も聞こえない。

 彼女が見えるだけだ。

 人をかき分け奈理がそばまで駆け寄って来たとき、自分を見上げてくるその瞳を見つめたとき、打ち震えるほどの安堵と喜びの中、彼はなにもかも理解した。

「私が間違っていた」低く彼は言った。

「え?」

「間違っていた」御剣はそう言いながら近くに立った彼女へと両手を伸ばす。

「なにをですか?」
 不安げな表情で言った彼女のその肩をつかみ引き寄せる。

「キミなしで‥‥いられるなどと‥‥‥!」

「‥‥‥!」
 奈理が目を丸くした。自分の言葉が届いたのか瞳がみるみる潤んでいく。御剣は彼女を胸にかき抱くと、深い溜息とともに小さな肩の上にぐったりと頭を垂れた。

「私は、何ひとつわかっていなかった」

「御剣検事‥‥」
 震える奈理の声。腕の中の体も小さく震えている。それを一層強く抱きしめたあと、御剣は頭を上げた。彼女の顔にかかっていた髪を指先で避けてやり、潤む瞳を見つめて微笑む。

「返事が遅くなってすまない。私も‥‥。私もキミのことが‥‥」
「え‥‥っ!」
「好きになって‥‥‥」彼は奈理に顔を寄せる。「しまって‥‥いた」
 何かを言いだしそうな彼女の口をふさぐように、唇を強く押し付ける。

 彼らは弾けるような無数のシャッター音に包まれた。目を閉じてもフラッシュの光がまぶたを焼く。

「あ、あの!」
 唇を離し、顔を覗き込むと奈理は瞳を潤ませたまま赤くなっていた。彼はその頬に優しく触れる。
「どうした」
「しゃ、写真、撮られてますよ」
「撮らせておけ」
 御剣はふっと笑って、彼女の額に自分の額をつけた。
「カメラも回って‥‥」
「ああ」
 そう話している彼女の唇に、もう一度唇を寄せる。

 騒々しい声が、やっと彼の耳に入ってきた。

「―――記者会見に現れなかった検事局ナンバーワンの天才検事が、今ロビーで女性と抱き合っています。抱き合ったまま離れようとしません。これは大変なニュースです! スタジオ、聞こえますか!?」

「生放送みたいですよ」
「そうだな」

 御剣は、彼女の頬に流れ落ちたものの上にも、そっと唇をつける。

「―――人気のイケメン検事が、さっきから何度も何度も女性にキスを。あっ、またっ‥‥‥」

「実況されちゃってますよ」
「かまわんさ」

「―――検事局ロビーで、あの御剣検事が、ああっ、またっ! いいなっ。だ、大事件が起きた直後だというのに、これは大変な不祥事ですうううぅぅぅッ!!!」

 最後はロビー中にこだまする絶叫だった。

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