囚人検事と見習い操縦士


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 まず目に飛び込んできたのは、「若手検事、師匠の女性教授を惨殺!」というデカデカとしたタイトル。それから現場写真が数枚。血しぶきの舞った床と、そこに転がる日本刀。女性教授は心臓を一突きにされ、殺害されたと書いてある。

「宇宙センターで起きた事件なんですね‥‥‥」
 記事を目で追いながら、粋子は言った。
「ああ。それを読んで思い出したよ。そういや、いとこがずいぶん嘆いてたわ」

 事件のあと、男はすぐに自白して有罪になり、それ以来6年間投獄されているようだ。記事の中で「冷酷非道な殺人鬼」と呼ばれる男の名前は―――夕神迅。
 世話になった師匠を殺すなんて、とんでもない男だ。

「こ、こんな人、大丈夫なんですかね」
 粋子は、ぞくぞくと悪寒がしてきて聞いた。
「お目付け役の刑事が同行するらしいから大丈夫だろ」

 社長は気に留めないようすだが、粋子は逮捕時の殺人鬼の顔写真から目が離せない。短髪のその男の面立ちは、一見誠実そうにみえる。とてもこんな犯罪を犯しそうもない、優しげな瞳。その底知れなさが、よけいに彼女の胸をざわつかせる。‥‥‥夢見が悪かったせいか、どうも気分が落ち着かない。 

「最終の整備をしてきます」
 粋子はその気持ちを振り払うように立ち上がった。
 操縦はまだまだだが、整備のほうは師匠からも信頼され、もうすっかり任されている。


 建物を出ると、格納庫からすでに出してある小型のプロペラ機が、初秋の朝日を照り返していた。それを見て彼女はほうっと息を吐く。鳥のように両翼を広げたこの姿に、ずっと憧れてきた。旧型のセスナだが、よく手入れされてきたからまだまだ現役だ。

 上空をジャンボジェットの轟音が通り過ぎる。目の先、羽咲空港の一番端っこに、小型機用の短い滑走路がある。粋子は、操縦席に乗り込んで、すべてのスイッチを一旦入れ、動きを確かめた。動翼、エンジン、電気系統、最後に油圧と燃料のチェック。異常なし。

 手順通りに点検を終え、事務所に戻ろうとしたとき、ズサササ!と砂利を蹴散らすタイヤの音が耳に届いた。

(来た!)

 大型の車が、土埃をあげ敷地に入ってくる。窓の内側に鉄格子が張り巡らされた灰色の護送車だ。その物々しさに粋子はとっさにセスナの陰に身を隠した。

 ギッと鈍い音を響かせ、車は止まった。こちらに向いた車後部には、太い閂のかかった扉がある。運転席からは制帽を被った男、反対側からは真っ白なスーツを着た男が身軽に降り立つ。粋子は息をひそめてようすを見守った。男たちは車の後ろに回ってくると、閂を、キイイイ!という耳障りな金属音を立てて引き抜いた。

「ユガミくん! さあ着いたぞ! 降りたまえ!」

 まぶしいほどの白スーツの男が、扉の中に向かって呼びかける。たぶん、あの人が刑事だ。体も声も大きいし、広い背中には刑事ドラマで見るような拳銃のホルスターを装着している。
 護送車内の暗がりに人の気配がして、粋子は心臓がどきどきしてくる。

 あの中にいるのが‥‥‥殺人鬼だ。

 最初に見えたのはその男の手だった。
 体の前で固く握りしめられている大きい手。両の手首には重そうな黒い手錠が嵌められ、太い鎖でつながっている。男は上背のある体を折って扉から出てくると、ステップをゆっくり降りて地面に立った。
 あれが、人を殺した男なんだ。粋子は息を詰めてその姿を見つめ続ける。

 その男は飛行機乗りのような膝までのブーツを履き、不思議な形のコートのような服を着ていた。かなり背が高い。刑事のほうも大きいがそれ以上だ。尾翼の陰になり顔はよく見えなかったが、黒い髪を結んで長く後ろに垂らしていた。

 一陣の風が吹いて、粋子はブルッと身震いした。怖い。単純に怖い。殺人犯というものがそこにいるだけでこれほど恐ろしいとは知らなかった。制帽の男は運転席に戻り、あとの二人は重い足音をたてながら、建物に入っていく。
 役目を終えた護送車は、来た時と同じように砂利を飛ばしながら道を戻って行った。


 ◎ ◎ ◎


 粋子がこわごわ応接室に入って行ったとき、最初に目を引いたのは意外な生き物だった。囚人の肩に乗った大きな鳥。タカだろうか。鳥もまたクイと首を動かし、黄色く鋭い目を彼女に向ける。
 人間はというと、ソファに座る大柄の男が二人。白い服と黒い服の。その向かいで社長が挨拶をしている。



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