囚人検事と見習い操縦士
□七
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ラジオで今後の予報を聞こうと、彼女は起き上がった。その時、目がくらむような閃光とともに、空気を切り裂くひときわ大きい雷鳴。とっさに両手で耳を覆った瞬間、ふつっ、と天井の明りが消えた。粋子は、いきなり漆黒の闇に取り残される。自分のまぶたが開いているのかもわからないほどの暗闇。
(停電‥‥!?)
遠くでガラスの割れるような音がする。怯えてベッドにうずくまっていると、突然ドンドン!と扉が強くノックされた。彼女はギャッと悲鳴を上げる。
「初の字!」
夕神だ。動揺のあまり返事ができない。稲妻がまた一閃し、ドアが青白く浮かび上がる。
「起きろ!」
ドンドン。壊れそうなほど強く叩く音。彼女は手探りで音のほうへ向かった。
「粋子!」
返事をしないからか、ドア向こうの男が今度は名前を呼ぶ。
「ど、どうしたんですか!?」
彼女はドキドキしながら、とりあえずドア越しに聞いた。
「ここで寝るのは危ねェ。風で窓が割れちまう」
「えっ!」
「下はもう何枚か割れた。いいから開けろ」
「い、今開けます」
そろそろと扉を開けると、懐中電灯を手にした夕神が立っていた。ギンが肩にしっかとつかまっている。
「窓のねェ部屋に移るぞ」
「そ、そんな部屋ありましたっけ?」
「展示室だ」
「本館の?」
「あァ」
殺人のあった場所だ‥‥。停電の中、あんなところに‥‥? 胸が騒ぐが、この状況ではそうも言っていられない。彼女は、夕神に従うことにした。
「おい。忘れ物だ」
そう言って夕神が光を当てた場所を振り返ると、枕元には電撃のリモコンがあった。
懐中電灯の揺れる光に導かれて、真っ暗な階段を下りていく。館全体が激しい風雨の音に包まれていた。
渡り廊下の窓はかなりの数が割れていて、吹き込む雨が白く光って見える。粋子は床に散るガラスの破片を避け、夕神のブーツの足元を必死に追った。やっと本館にたどりついて目を上げると、そこには、あの黄色いテープの扉。
警備員が館長に殴り殺された展示室だ‥‥‥。
「おめえさんはこっちだ。灯りは持っていきな」
夕神は、黄色いテープの右隣りの部屋を示した。恐る恐る中に入る粋子に、彼は懐中電灯を手渡す。
ここも展示室だったのだろう。ガランとした部屋の中央に、背もたれのない休憩用ベンチがある。すえたような臭いがかすかに漂ってくる。小さい電灯一つではあまりにも心もとない部屋だ。
「ゆ、夕神さんは‥‥‥?」
「俺はあの部屋だ」
彼が指差したのは、殺人現場の左隣りにある扉。
「じゃァな」
夕神はあっさり言って、彼女をそこに押し込めるようにドアをバタンと閉めた。
10分後、粋子は夕神がいる部屋をノックしていた。
あんな所に一人でいるなんてとても耐えられない。なにせ壁一つ先は殺人事件の現場なのだ。青い顔をした警備員が、今にもドアを開けて入ってきそうで、いや、ドアを開けることなく入ってきそうで、恐ろしさに飛び出してきた。
ドンドンドンドン!
こぶしでドアを叩き、彼女は半ば震えつつ呼ぶ。「夕神さん!」
さっきと逆のシチュエーションだが、そんなことに気づく余裕はない。隣にある黄色いテープの扉が視界に入らないようにするので精一杯だ。
室内から「クェエエ」という鳴声がする。
ガチャとドアが開き、目の前に見えたのは、ボタンの外された上着と、白いシャツ。ネクタイもしていない。視線を徐々に上げていくと、高い位置から夕神が見下ろしていた。ぎょっとしたような表情を浮かべている。
「お、脅かすンじゃねェ。自分の顔を下から照らすな。このトウヘンボクが」
「だ、誰かわかったほうがいいかなと‥‥‥」
「てめェしかいねえだろうがよ。まったく‥‥‥まァいい。一体、なんだってンだ」
「ギンを借りていいですか?」
「はァ?」
「一人だと心細くて。暗くて、その‥‥」
「‥‥‥まァ一晩ぐれェならいいけどよ。ギン。どうだ?」
夕神は室内を振り返った。
「ギンちゃん。一緒に来て。お願い」
粋子は奥でゆっくりまばたきをしている生きものに必死に言った。ここも、さっきの部屋と同じようなベンチがあって、ギンはそこにある陣羽織の上で足をたたんでいる。夕神は陣羽織でギンを包むように抱いて連れてきた。
「もう眠くなっちまってるから、そっと抱いてやれば連れていけるだろ」
「はい」