囚人検事と見習い操縦士

十三
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 その人は窓際の白いテーブルにつき、向いの椅子を勧める。改めて近くで見ると、紫がかった髪を結っていて、服のボタンはマイナスネジのデザインだ。一体どこで買えるのだろう。

「コーヒーでいい?」
「あ。はい」

 女性が慣れた様子でテーブルのボタンを押すと、数秒後、テーブルの中央が音もなく開いた。そこには湯気を上げた紙コップが2つ並んでいる。さすが宇宙センターだけあって最新の設備だ。

「アナタ、ジンとどういうお知り合い?」

 紙コップの1つを渡しながら、彼女はさらりと聞いた。粋子は、立ち上る湯気にむせて咳き込みそうになる。
「ジン‥‥‥。ゆ、夕神、迅さんのことですか?」
「そうよ」
「‥‥‥」
 じっと向けられているのは、切れ長の美しい瞳。今日もゴーグルのようなものをつけているが、鋭い視線がそれをものともせずにこちらに届く。ジンと呼ぶのは、自分よりずっと親しいからだ。そのことにふと胸が痛くなる。

「あの‥‥うちの飛行機で‥‥」
 粋子はあきらめたような気持ちになって、夕神と知り合った出来事を正直に話した。遭難して8日間、廃墟で一緒に過ごしたことも。

「へえ。あの事故のときの‥‥」
 珍しそうにまじまじと粋子を見てから、彼女は片方の口角を上げた。「それで、ジンに恋しちゃったワケだ」

「い、いけませんか?」思わずムキになって返す。

「いけなかないわ」
 女性はテーブルに頬杖をついて、ふっと笑顔になった。余裕の笑みに感じる。忘れろと夕神に言われたのは、この人と、もしかしたら関係があるのかもしれない。

「何にせよ、こちら側にとどめるチカラなら大歓迎よ」
「こちら側?」意味がよくわからず聞き返すが、女性は答えない。
「それ以来、アナタは毎週ムショに通ってるのね?」
「‥‥はい。会ってはもらえませんが」

 その女性はふと目を逸らして、しばらく沈黙した。
「‥‥ジンは、子供の頃からああだったわ。誰にも相談しないで一人で決めるの。大事なことほどよ」
「子供の頃から‥‥お、お知り合いなんですか?」

「ぷっ。あははははははっ!」

 彼女は吹き出して、高い笑い声を上げた。その笑い方が、誰かを思い出させる。そういえば、ゴーグル越しの瞳も、射るように鋭いのに、どこかこちらを安心させるような深い色だ。

「自己紹介してなかったわね。わたし、夕神かぐや。ジンの姉よ」

「お姉さん‥‥!?」

 そうだ。あの人に似ていたんだ。笑い方も、瞳の感じも。

「その廃墟でアナタたち、デキちゃったのね」
「デキ‥‥っ! ちっ、違います! な。何も。いえ! 何も!」
「何も?」
「‥‥き、キスなら少し‥‥。いえ。1回だけ‥‥」

「フフフ」
 彼の姉は意外なほど楽しげに笑った。「まだアイツも女の子にキスぐらいできるワケね。そんなココロは捨てちまった、なぁんて言ってたけどさ」

「‥‥‥ただの気まぐれだったんだと思います」
 粋子は小さい声で答える。あれに特別な意味はなかった、たまたまそうなってしまっただけ、と今は思う。
「そんなことないはずよ。ジンはああ見えて、クソがつくほどマジメだから」
「でも、忘れろって言われました。自分も忘れるからって」

「しゃーないわね、教えたげるわ」
「えっ?」

「ひと月ぐらい前になるかしら。ジンがね、いきなり頼んできたのよ。これから土曜日の2時に面会に来てくれって。ムショの都合とかなんとか言ってたけど、なんかおかしいと思ったのよね。それまでは何時でもいいって言ってたんだから」
 突然始まった話に、粋子は息を詰める。ひと月前というと、彼女が刑務所に10回近く通いつめた頃だ。



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