囚人検事と見習い操縦士

十三
3ページ/3ページ


「それで、とりあえず言われたとおり行ってみたの。そしたらアナタがいるじゃない? しかも毎回。アナタはいつもジンから面会を断られて、差し入れを返されて、トボトボ帰る。でしょ?」
「‥‥‥」
 粋子はなぜかドキドキしてきて、言葉を返せないままうなずく。
「ちょうどそのぐらいのタイミングで、わたしは面会室に呼ばれるの。言ってる意味わかる?」
「はい」粋子は一旦、うなずいてから首を振る。「‥‥‥いいえ」

「よくもまあ、ヒトをいいように使ってくれるわよ!」
 かぐやは、いまいましげに言って、テーブルをバシン!と勢いよく叩いた。
「ひぇっ?」
 怯える粋子を気にも留めず、かぐやは窓の外にすっと視線を移した。

「あそこを見て」
 視線の先に、宇宙センターの3階部分をつなぐ通路が見える。パンフレットには発射台通路と書いてあった。
「ああいう渡り廊下がムショにもあるの、覚えてる?」
「はい」

 刑務所の門から入ると、正面に見える渡り廊下だ。窓には鉄格子がはめられているが、それでも粋子は見るたびに廃墟の美術館を思い出した。
 あの通路を通って囚人たちは、収容棟から面会に連れて来られるのだとかぐやは言った。

「わたしが時間に遅れでもすると、アナタはいなくて、ジンはみょーに不機嫌だった。それでピンときて、ある時アナタのあとをついてってみたのよ。正門に続く道のあたりまで」
 粋子はますますドキドキしてきて、なぜか頬までほてってくる。

「そしたら思った通りよ。あの渡り廊下を、看守に連れられたジンがゆっくり歩いてたわ。檻の中の獣よろしく、じっと外を見つめながら。そこにどうしても見たいものがあったんだわ」
「え‥‥っ」
「わたしのことなんか気づきもしないで、遠ざかっていく誰かさんの背中を一心に見てた」
 かぐやは粋子に意味深な笑みをみせた。「アイツも忘れてやしないんじゃない?」

 とても信じられない。それなのに、窓辺に立つあの人の黒い影が心に浮かぶ。鉄格子越しに見下ろしているあの人の瞳が、目の前の瞳と重なる。粋子の頬を熱い涙がはらはらと落ちた。

「いつだって一人で勝手に決めるの」
 かぐやは言った。
「アイツにとっては、それがいちばん正しい選択なんだわ。バカみたいだけど‥‥」
 彼の姉の静かな声が胸に沁みる。その表情は深い憂いを帯びていた。

「知ってんのね? ジンが死刑になるってこと」
 粋子は小さくうなずいた。
「でも私、信じてません‥‥。夕神さんが人を殺したなんて」
「当ッたり前よ。アイツにできるわけないじゃない! すぐ泣くようなヤツに!」
「すぐ泣く!?」
 粋子は驚くが、かぐやは当然とでもいうように軽く流すと、またバン!とテーブルを強く叩く。

「ッたく、明るみに出さえすれば! 本当のことが!」

 かぐやは、執行の日はおそらく今年の暮れになるだろうと言った。だとしたら残された季節は、春から秋まで。
 本当のこと―――。粋子は、かぐやの言葉を頭の中で繰り返した。


 ◎ ◎ ◎


 次の土曜日の2時過ぎ。いつものように面会を拒否された粋子は、ドキドキ鳴り続ける胸を抱え、管理棟を出た。ギクシャクする手足をなんとか動かして、ゆっくりゆっくりと正門へ歩く。意識はうしろの渡り廊下に集中している。どのタイミングで振り返れば彼の姿が見れるのだろう。彼と目を合わせることができるのだろう‥‥!
 足元だけを見つめて歩き、10歩ばかり進んだところで彼女は思い切って振り返った。

 どすんっ!

 人にぶつかる衝撃を感じたと思ったら跳ね返されて、彼女は地面に尻もちをついた。

「痛‥‥っ!」

「大丈夫かね?」

 目の前にすっと手を差し伸ばしてくる人を見上げる。青空を背に、灰色味を帯びた髪が輝いていた。裾の長い赤い服を着ていて、彼女を助け起こす腕はたくましい。
「ケガは、なかっただろうか?」
 その人は、眼鏡の奥の瞳をまっすぐ粋子に向け、もう一度聞いた。服装も顔立ちも高貴な人のように思えて、粋子は萎縮してうなずく。

「アンタ! ちゃんと前見て歩くッスよ!」
 後ろから来た、コートの男が大きい声で言った。うつむいて歩いていたせいで、管理棟の裏口から出てきたこの人達に気づかなかったようだ。
「す、すみません」
「御剣検事局長! 大丈夫ッスか?」

(えっ!? みつるぎ‥‥? みつるぎの旦那?)

 粋子は赤い服の人を振り仰いだ。

 (つづく) →十四へ

次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ