虹の検事局・前編
□第3話(4P)
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■同日 地方検事局 10階 食堂■
お昼の休憩時間も、御剣検事と違って、牙琉検事はきちんと取ってくれた。
お弁当を持ってきたという天杉に付き合って、仁菜も、隣のブロックにある検事局に戻って食べることにした。裁判所内にも食堂はあるが、傍聴人や、マスコミ関係者など人の出入りが激しく、どうも落ちつかない。
食堂でテーブルにつくと、隣には、不思議な色合いのコート姿のまま座った男がいて、「無事、検事どのの被害届を取って来たッス」などと話していた。
向かいにはポニーテールの高校生ぐらいの女の子が座って、生クリームとあずきの載ったパンケーキを食べながらうなずいている。男はこの季節には珍しく、ソーメン‥‥を食べていた。
親子かな? ここは一般の人も入れるところなので、おかしくはないけど‥‥‥仁菜はたいして注意を向けるでもなく思う。
一通り食べ終わると、女の子は「ノコちゃんよかったね! ミツルギさんに怒られなくて」と言った。その言葉に(んっ?)と思った仁菜は隣のテーブルに意識を向ける。
「今日はやたら冷静だったッス。関係ないのに3発ぐらい殴られるかと覚悟してたッスけどね。うはは」
男は角刈りの頭をかきながら笑う。
「でもほんと、不思議だね」女の子も首をかしげた。
(なんのことだろう?)仁菜は気になって聞き耳を立てた。
「1年ぐらい前に、狩魔検事があやうく落っことしそうになった時はヤバかったッス。自分が床ぎりぎりでキャッチして、どこも壊れなかったッスけど、御剣検事は、真っ青な顔してメチャクチャ怒って、狩魔検事に絶交を言い渡したッス。結局、狩魔検事は1ヶ月出入り禁止になったッスよ。自分もとばっちりで減給になりそうな勢いだったッス」
「へー、ムチのお姉さんにもそうだったんだ。ねえノコちゃん、クリームソーダも飲んでいい?」
「あ、う、いいッスよ」
ノコちゃんと呼ばれた男は、コートのポケットから小銭を出して、女の子に渡した。女の子はグリーンの飲み物を手にして戻って来ると言った。
「ミツルギさん、トノサマンにもう飽きちゃったのかなあ?」
仁菜は、ギクッとした。(トノサマン!?)
「そんなことないッス。あの100周年記念人形だけは、誰にも触らせず、毎朝大切にホコリを払ってたッスよ」
仁菜の心境に気づくはずもなく、男は続ける。
「とにかく、あれは御剣検事にとって、どんな持ち物より大切らしいッスからね。特注品の紅茶セットとか、あの赤い車より大切だと言ってるのを聞いたことあるッスよ」
仁菜はどきどきしてきた。
「ノコちゃん、100周年記念じゃなくて、100回放送記念だよ。間違えると、また怒られるよ」
クリームソーダをズルズルすすりながら少女は言う。
「でも怒ってないってほんと不思議だねー。何事もなくてよかったね、ノコちゃん」
「ありがとうッス。ミクモちゃんにはなだめ役にわざわざ来てもらったッスけど、大丈夫だったッスよ!」