虹の検事局・前編

□第4話(5P)
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■5月31日 地方検事局 10階 食堂■

 5月も終わろうというその日、演習の合間に、打ち合わせを兼ねて、御剣、天杉、仁菜の3人は、検事局の食堂で、ランチを取っていた。御剣はサンドイッチ、仁菜はランチセット、天杉は手作り弁当である。
 御剣はこれから行われる裁判修習についての説明をし、新任2人は、食事もそこそこに必死にメモを取っていた。

 そこへ、牙琉響也がジャラジャラという金属音と、ブーツの重い足音を立てながらやって来た。彼はほとんど食堂には現れないので、その派手ないでたちが周りの目を引く。すぐに数名の女性に取り囲まれ、サインをねだられる。響也は軽くペンを走らせた後、3人のいるほうに近づいてきた。

「取り込み中、お邪魔するよ!」響也は、3人のテーブルの脇に立った。
 響也が食堂に入ってきたことも、小さく歓声が上がったこともまったく気づかなかった御剣は、いきなり声をかけられ、不機嫌そうな顔で見上げた。
「なんだろうか?」

「まあ、そう怒らないでよ、御剣さん」響也はにっこりと微笑む。
(‥‥どうもこの男には調子が狂うな)御剣は思う。
「今日は新米検事のみんなに、プレゼントを持ってきたんだよ! ぼくのギグの招待状さ! ファンクラブ主催のこじんまりとしたギグだけどねっ」

「ホ、ホントですか!?」仁菜が嬉しそうに言う。「ガリューウエーブのライブ超行ってみたかったんです!!」
(‥‥‥‥‥)御剣は、彼女が今まで自分には見せたことがないはしゃいだ表情で受け答えするのを、眉間にシワを寄せ、腕組みをして聞いていた。

「2人は特別にVIP席だよ。なぜかって? 2人ともとってもカワイイだからだよ! ギグが終わったら、楽屋に顔を出してね。約束だよ!?」
 響也は指に挟んだチケットを、仁菜と天杉に一枚ずつしなやかな手つきで渡すと、指をぱちんと鳴らして2人の顔を交互に指差し、ウィンクをして去っていった。あとに甘い香りが残った。
 なぜか天杉までが頬を赤らめている。

「わぁ、楽しみだな。えっと‥‥‥あ、こんどの土曜日だ。天杉さん行きましょうよ」
「あ‥‥この日、僕ダメだ」天杉はチケットを残念そうに見つめている。「結婚記念日だから」
「えええー天杉さんて結婚してるの?」仁菜はびっくりした。「そういえばいつもお弁当‥‥‥」


「うーん‥‥‥‥」仁菜はしばらく考え込んでいたが、ニヤリと笑うと御剣を見た。
(な、なんだ!?)御剣は焦る。
「御剣検事、一緒に行きましょう!」
 御剣は目をそらして言う。「‥‥‥‥申し訳ないが、私はそのようなアレには興味がない」
「御剣検事!」仁菜は楽しげに言った。「貸し、1つ、ですよ?」
「うむむむむ‥‥‥‥‥」

「あれ?」チケットを見つめていた天杉が言う。「VIP席料金5千円は当日お支払下さいって書いてある‥‥」
「‥‥‥‥‥」仁菜と御剣は無言で見つめ合った。

  
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