虹の検事局・前編

□第5話(3P)
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■6月20日 地方検事局 12階 上級検事執務室■

 裁判実習の準備のために、仁菜は御剣の執務室に呼ばれていた。デスクの向こうに座った御剣が、次々書類を渡す。
「これがDNA鑑定資料、これが被疑者聴取記録‥‥‥」
 仁菜はデスクの前に立って、それを受け取る。
「以上で全てだ」

 その時、部屋の窓がミシッと鳴った。(風かな?)と仁菜が思っていると、御剣が、突然音をたてて椅子を引き、執務机の下に消えた。
 椅子が滑って後ろの本棚にぶつかる。
「御剣検事!?」
 驚いた仁菜が声をかけるのと同時に、室内の棚がカタカタと言いだし、立っている彼女にもかすかに揺れが伝わってきた。

(地震?)

「キミも下に入りたまえ!」デスクの下から、御剣が顔だけぴょこっと出し、また消えた。
(そんなに揺れてないのに‥‥‥)と仁菜が考えていると、「早く!!」というくぐもった声がデスクの下から響いた。
 仁菜がしゃがむと、御剣は、下の空間に丸くなって入っている。

 仁菜が反対側からデスクの下に入ると、空間は意外に狭く、体がくっつきそうだ。
 御剣は「全身が入っていない、もっと中へ!」と半ば叫ぶ。
「は、はいっ」仁菜はもっと奥に入って丸くなった。

 揺れは少しずつ大きくなり、執務室に並ぶ本棚がガタガタと不気味な音を立て続ける。いつまで続くのかと思われた頃、ようやくあたりが静かになった。
「やっと収まってきましたね‥‥‥」
「あ、ああ‥‥‥」

 顔が意外に近いところにある。近くで見る御剣の瞳は、思ったより薄い茶色で、白目は白く透き通っていた。息が荒く、睫毛と唇が、かすかに震えている。
「大丈夫ですか?」仁菜は思わず声をかけた。

「‥‥‥ム、ムロンだ」
 御剣は珍しくのろのろとした動きで、デスクの下から這い出すと、執務机につかまるようにして立ち上がった。

 仁菜も立ち上がって、渡された資料の整理をしていた時、けたたましい音がして扉が開き、ガタイのいいコート姿の男が飛び込んできた。
「御剣検事! 大丈夫ッスか!?」

 
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