虹の検事局・前編

□第5話(3P)
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「御剣検事、今日も検事局にいるんですか?」
「あの人も、たいがい休みなしで働いてるッス」
 今日も、御剣がこの近くにいるのだと思うと、なぜか仁菜はどきんとした。

「2ヶ月前に御剣検事のトノサマン人形を壊した犯人が、やっと捕まったから、報告に来たッス。死刑を求刑するって息巻いてたッスよ。オソロシかったッス‥‥」
 おびえた表情で糸鋸が言う。
「死刑‥‥」
「あの人なら冗談じゃなく、やりかねないッス。しかも報告に来ただけのつもりがまた仕事を頼まれたッス‥‥‥あ、ちょうどよかった、ちょっといいッスか?」

 糸鋸は仁菜の隣に席を移し、御剣から渡されたという仕事のメモを仁菜に見せた。
「御剣検事は達筆だから、ここ何書いてあるかわからないッス」と指さす。

「‥‥‥スコットランドヤードから届いた証拠品をカソウ研に回す‥‥‥と読めます」
「ああ、そうだ、横文字があるから書いてもらったんスけど‥‥‥スットコ‥‥いやストッコ‥‥ランド‥‥‥と」糸鋸が耳にはさんだ赤鉛筆を取って書こうとする。
「‥‥あ、私が書きます」
 仁菜は、御剣の書いた英文字の下に、手にしたボールペンで丁寧に書いた。

「糸鋸刑事は、御剣検事の下でいつも大変そうですね」メモを戻しながら仁菜が言った。
「いやーでもあの人もずいぶん変わったッス。ああ見えて、結構優しいとこもあるッスよ。子供のころから苦労してる人ッスから‥‥‥」
「苦労?」その言葉に少し驚き聞き返す。

「御剣検事の昔のこと、知らないッスか? 新任検事どのは、御剣検事についてはまだまだッスね!」
 糸鋸は、胸をはって自慢げに言った。
 局内で、いろんな検事についてのいろんな噂や情報が飛び交っているのは知っているが、仁菜は、その内容は、ほとんど知らなかった。

 糸鋸は、ハタと壁の時計を見ると、「あっ! もう署に戻らないと、また課長にドヤされるッス! 今日は助かったッス!」と、バタバタと出ていった。
 それにしても、御剣が苦労しているというのは少し意外な気がした。仁菜にはどう見ても、苦労知らずのお坊ちゃま、にしか感じられなかった。


 それからだいぶ時間が経って、仁菜が喫茶とれびあんを出たときは、夏の日も落ちて、あたりは薄暗くなっていた。検事局の前を通り過ぎるとき、上のほうの階を見上げると、窓に明かりがいくつか見えた。
 まだいるんだろうか‥‥‥? 下から階数を数えていくが、何回やっても12まで数える前に、わからなくなる。
 仁菜は数えるのをあきらめて、官舎に帰っていった。

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