虹の検事局・前編

□第7話(5P)
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■7月26日 地方検事局 10階 食堂■

 この日の研修終了後、仁菜は検事局の食堂に寄って帰ることにした。カフェテリアに並んでいると、後ろから女性に声をかけられた。
 今年1月、司法研修所での採用説明会で、隣の席に座っていた同期の女性である。学生時代に検事局でバイトしていたとかで、内情に詳しい人だった。確か一柳検事が指導担当と言っていたような‥‥‥。

 ここのところ気持ちが沈んで、気乗りのしない仁菜だったが、彼女に誘われるまま、同じテーブルについた。彼女は座るなり、話しはじめる。
「検事局の七不思議って知ってる?」
「え? 知らない‥‥」
「1つはね、家族に犯罪関係者がいる検事が多いこと」
「は、犯罪関係者?」仁菜はびくっとして聞き返す。

「うちの一柳検事はお父さんが刑務所だし、狩魔検事のお父さんも、牙琉検事のお兄さんもそうだよ? ゴドー検事に至っては自分が殺人容疑で一度逮捕されてるし。まあ、ゴドー検事は情状酌量されて、すぐ検事局に復帰したけど。そんな人達がごろごろしてるって、この検事局もずいぶん懐が深いというか、謎だよね。あとの6つの謎は今調査中」

 仁菜には、新聞などで読んだ話と、まったく初耳の話があった。古い新聞記事がふと仁菜の脳裏に蘇り、一瞬、目の前が暗くなる。
 彼女には忘れることのできない、ある事件があった。

「ところであなたは御剣検事が担当だったよね。超カッコイイでしょ?」
「ま、まぁそうだね‥‥‥」
 仁菜は、話題が変わってほっとすると同時に、思わず赤面する。
「あー赤くなってる! でも、ダメダメ! あの人だけは、絶対どうにもならないと思うよ。私がバイトしてた頃も、史上最年少検事ってことで、ものすごくモテてたけど、あの頃から、女には全然興味ナシって感じだったもん」
「い、いや、私はそんなつもりは全然ないから大丈夫‥‥‥」仁菜は焦って言う。

「20歳の御剣検事って、ちょっと少年ぽいけど超美形で、服もほんと王子様みたいだったよ。あの服って、法廷デビューした記念に、今も執務室に飾ってあるって噂だけど、本当?」
「あ‥‥ある」仁菜には、執務室の大きな額縁が思い当たった。
「御剣検事って、本当に検事の仕事が大好きなんだね」
 それには仁菜も深く納得した。

 同期の女性と別れ、まだ蒸し暑い夜道を仁菜は官舎に向かってとぼとぼと歩いた。
(ダメってことぐらい、わかってる‥‥)
 御剣を知れば知るほど、どんどん遠い人になっていくような気がした。

 ‥‥‥今の私は、とにかく、一人前の検事になること、目標に向かって自分の道を進むこと、それだけを考えてやっていかなくては‥‥‥。
 そう考えても、仁菜の心の中のやるせなさは消えなかった。

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