虹の検事局・前編

□第13話(5P)
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■9月19日 宿泊研修所 ホテル・バンドー■

「連絡感謝する。夜芽くんが帰っていないとは?」

 御剣が、上着に腕を通しながら、ロビーに降りてきた。ここホテル・バンドーでは、新任検事の宿泊研修が行われていた。

「門限まであと15分なんだが、まだ戻ってねえ。天杉クンと食事に出たという情報があるが、彼はだいぶ前に戻ってるらしい。2人に何度も電話してるが、‥‥‥出やしねえ」
 御剣に知らせたのはゴドーだった。

(まったくアイツは‥‥‥)
 御剣は頭を抱えた。この3泊の研修は、内容がそれほど過酷でないかわりに、時間管理にはうるさい。帰室門限を守れない場合の評価は厳しく、理由によっては研修考課に大きく影響する。

 ここまでなんとか御剣の指導についてきていた仁菜だったが、研修考課の結果が悪ければ、それが検事人生に一生ついてまわる。

 御剣も仁菜の携帯にかけてみるが、つながらない。次に天杉の携帯に電話をかけた。今回はうまくつながった。
「天杉くんか。御剣だ。夜芽くんがまだ戻っていないのだが、心当たりはないだろうか?」
「あ‥‥‥1時間ほど前なら、ここから10分ほど歩いたところの飲み屋さんで一緒に‥‥‥。僕は一足先に帰ったのですが、まだいるかもしれません」天杉が答える。

「心当たりがわかった。行ってくる」
 ゴドーが聞く間も与えず、御剣はホテルを飛び出していった。


 外は、9月には珍しく冷たい風が吹いていた。車回しのタクシーはちょうど出払ったところで、1台も待っていない。
 通りでタクシーを捕まえるか、敷地奥の駐車場に止めてある自分の車を出すことも考えたが、このまま走ったほうが早そうだ、と御剣は考える。

 その店はすぐにわかった。あたりはオフィス街でひと気がなく、そこにしか明かりがない。御剣はその店の重い木の扉を押し開いた。中にはカウンターとテーブル席が少し。カウンターには男が立っていて、「いらっしゃい」と声をかける。

 ずっと走ってきた御剣が息を切らしながら、無言で店内を見回すと、カウンターの奥に仁菜がいた。うっすらと赤い顔をして、グラスを傾けている。(あのバカ!)御剣はツカツカと近づき「夜芽くんッ!」と呼ぶ。


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