虹の検事局・後編

□第15話(2P)
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■10月16日 地方裁判所 1階 ロビー■

 10月、半年の研修を終えた新任検事たちは、それぞれ正式な配属先へと散って行った。
 夜芽仁菜は、希望通り地方検事局に残り、ベテラン検事、亜内武文の部下として働きだした。

 1年目の仁菜にも、個室ではないが小さい執務机が与えられ、いくつかの事件を担当して、目まぐるしく日々が過ぎていった。

 御剣が兄の事件についてまとめてくれた書類のフォルダは、仁菜のデスクの引き出しにいつもしまってあり、余裕ができると、少しずつ目を通した。過去のことが思い出され、一気に読むことができない。

 この書類について、御剣から「人のいるところで読むように」と指示された意味が、すぐにわかった。事件の詳細について触れられていることも多く、読んでいると、息苦しくなったり、気分が悪くなったりすることがあるからだ。

 御剣怜侍検事‥‥‥この黄色いフォルダを見るたびに、彼を思い出す。

 事件についてわかりやすい簡潔な文章でまとめられ、ところどころにある、捜査についての鋭い指摘。この書類一式が、彼の明晰な頭脳で、自分ひとりのためにまとめられたのかと思うと、いまだに感動する。しかも、あれほどの激務の合間に。

 このフォルダは、仁菜にとってお守りのようなものでもあった。
 二度と見たくないと思っていた、事件1ヶ月前に届いた、悪意に満ちた謎の手紙も、このフォルダの中に入れておけば、その力が弱まるような気がする。

 もうすぐ、全体を読み終わる。自分なりに考えたことなどを合わせて、御剣と話したいと思うが、研修が終わって以降、局内でばったりと会うことすら一度もなかった。検事局のエントランスで、食堂で、裁判所で、御剣の姿をいつも探してしまうが、見かけることはない。
 もちろん、12階のあの執務室に行けば彼はそこにいるのだろうが、指導担当でもなくなった今、御剣は検事局一の天才検事として、仁菜にとって、遠い存在になっていた。


 仁菜は今日は公判があり、上司の亜内検事より一足先に地方裁判所に到着した。
 ここの1階ロビーは、思い出の場所だった。あのソファに座って、2人で話したのは、もう半年も前になる。御剣検事は、新任の私に、自分のミスを真摯に謝ってくれた。あの頃から、私は少しずつ、彼にひかれていったのかも‥‥‥。

 ロビーを通り過ぎようとしたとき、エレベーターホールのほうから、ガヤガヤと人が歩いてきた。裁判が1つ終わったようだ。仁菜が何気なく見ると、集団の中心に、あの端正な顔が見えた。



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