虹の検事局・後編

□第15話(2P)
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 ――御剣検事!

 やっと会えた。
 御剣は、数名の裁判関係者に取りかこまれて、眉間にシワを寄せたいつもの表情で歩いてくる。目線は手元の書類と、隣の男性に向けられ、こちらには、気づく様子もない。 仁菜はその集団に道をあけた。

 その時、御剣が、フト、書類から顔を上げた。そして、その目が仁菜を捉える。
 いつもの冷静な目。仕事に集中している時の目だ。仁菜は無言で軽く会釈する。御剣も、かすかにうなずく。

 それだけだった。
 研修が終わった今、ばったり出会っても、軽く会釈をするだけの関係。心の中を風が通り抜けるような寂しさを感じた。仁菜は、研修の日々が、とてつもなく懐かしかった。


■10月19日 地方検事局 8階 新任検事執務室■

 この日、仁菜は、公判終了後、裁判所で上司と別れ、検事局の8階にある、自分の執務室に戻った。新任検事10名ほどが同じ部屋に机を並べていて、彼女の執務机は、その奥の方にあった。

 ここのところ、ずっと御剣のことを考えていた。先日、裁判所で会った時の彼の視線で、勝手に距離を感じていたが、仕事中なのだから当然といえば当然だ。
 そう考えると仁菜はやっと冷静になってきて、まとめてもらった書類を読み終えたことと、改めて感謝の気持ちを、ちゃんと伝えなければと思えた。

 ゴドーは、10月から1年間のアメリカ留学の辞令が出ていて、すでに出発していた。兄の事件については、帰国してから一緒に調べようと言ってくれていたが、すぐにでも調査を進めたい仁菜にとって、今、頼れるのは御剣しかいなかった。
 
 彼女は執務机の上のノートPCを開き、報告と感謝のメールを書き上げる。最後に、お時間のあるときに、少し話したいです、と付け加えて。「えいっ!」と気合を入れて、送信ボタンを押すと、隣の席の新任検事が、ちょっとびっくりして仁菜を見た。仁菜は照れ笑いで応える。

 送ったそばから、いつ返事が来るのか緊張する。メール着信のメッセージが画面に出るたびドキッとして、御剣でないとガッカリした。
 作業の合間に、メールをチェックしながら2時間が経過‥‥‥。


 何十回目かのメールチェックをしたとき、ついに、Reiji Mitsurugi という文字が、受信トレイに並んだ。ドキドキしながらそれをクリックすると、「今日の8時からなら時間が取れる」と短い文章が書いてあった。
 今日の8時‥‥‥あと1時間だ。久しぶりに話せる。仁菜の心臓は、高鳴った。


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