虹の検事局・後編

□第16話(4P)
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■同日 地方検事局 12階 上級検事執務室

 すでに懐かしさを感じる12階廊下。研修の半年間、仁菜は、何度もここを行き来した。彼女の上司の執務室は11階にあるので、この階は久しぶりだった。
 上級検事執務室のフロアは、高級感のあるドアが並んでいて、新任検事の階とはずいぶんたたずまいが違う。日が落ちても、夜の遅い上級検事たちの部屋は、あちこちで人の気配がした。

 仁菜は1202号室のドアの前に立つ。胸がドキドキしてきた。つい3週間前までは、何度も来ていた場所なのに、おかしい。大きく深呼吸をしてから、ノックをする。

 中から、あの声が‥‥‥‥聞こえない。
 もう一度、今度は大き目にノック。‥‥‥しかし、返事がない。腕時計を見るが、確かに針はちゃんと8時を指している。

 ドアに手をかけてみると、鍵は開いていた。
「失礼します」と言いながら、ゆっくり扉を開ける。中は明かりがついている。
「御剣検事?」と声をかけながら、そろりと入ると、執務椅子が窓の方を向いていて、御剣の髪の上部が少し見えた。
 仁菜はまた胸がどきんとする。

「ミツルギ‥‥検事‥‥‥??」もう一度言いながら、もしやと思って、執務机に近づく。
 机の端の方から回って覗き込むと、御剣は腕組みをしたまま目を閉じ、椅子の背に頭を預けて静かな寝息を立てていた。

 眉間のヒビは薄くなり、伏せられた睫毛は美しく揃って、軽く閉じられた口元からはいつもの力は消えている。そのせいか、普段よりずいぶん優しげな表情に見えた。
 今も大きい事件を次々に任されているという噂だ。ものすごく忙しいんだろうな。そんな時に、私のことで時間を取らせてしまった‥‥‥。その静かな寝顔を見て、仁菜は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 起こすのは止めておこうと、仁菜は、彼の体にかけるものを探して執務室を見回す。入口のわきのコートかけに、御剣の黒い薄手のコートが下がっていた。そろりそろりと歩いて、それを手に取る。思ったよりやわかい素材で、とても高級そうなコート。それを持って、もう一度、そっと近づいたとき、御剣がゆっくり目を開けた。

 感情のつかめない目で、コートをかけようとする仁菜をじっと見つめる。動きを止めて、仁菜も見つめる。やがて、御剣の目に、ふっと別の光がやどり、「ああ、すまない。少し寝てしまったようだ」と言って、背もたれから頭を起こした。

 仁菜は、どぎまぎし、御剣の体にかけようとしていたコートをあわててコートかけに戻すと、「す、すみません。勝手に‥‥‥お忙しそうですね」と声をかけた。
「うム‥‥‥」



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