虹の検事局・後編

□第19話(5P)
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■12月3日 地方検事局 11階 上級検事執務室■

 仁菜は出勤早々、上司、亜内検事の執務室に呼ばれていた。
「君は、英語の捜査資料や裁判記録を読めますかな?」
「はい、一通りは」
「御剣クンが指導担当でしたからね」
「はい」
 亜内が言うように、英文資料の読解は、新任研修で御剣に徹底的に叩き込まれていた。会話はおぼつかないが読むことには自信がついている。

「では、来週のイギリス出張に同行してもらいましょうかね」
「え?」
「共同捜査しているあの件なので、御剣検事のチームも一緒です」
「ええっ?」

 数か月前から、ある国際的密輸組織の内部抗争が激しくなり、それに絡んで世界各国で複数の殺人事件が起きている。密輸組織の本部があるイギリスの状況を調査し、協力関係を作ってくるのが出張の目的だった。

(一緒に海外出張‥‥‥!)
 仁菜は嬉しい一方で、複雑な気持ちになる。御剣とは、先日、食事会後の夜道で口論のようなものをしてから、連絡も取らず、顔も合わせていない。
 自分が言いすぎてしまったような気がするが、彼の言い分に納得できなかったのは事実だし、こちらから謝ろうという気分にはならなかった。彼も、まだ思う所があるのなら、一緒に出張なんてお互いに気まずいかもしれない‥‥‥。 

 とはいえその日、彼女は帰宅と当時に、当分使う機会がないと思って、奥の方に仕舞いこんでいたスーツケースを、ワクワクしながらひっぱり出していた。


■12月7日 羽咲空港 国際線ターミナル■

 出発日、仁菜は、同じ官舎住まいの亜内の車に同乗させてもらい、羽咲空港に向かった。待ち合わせ場所であるゴーユー航空のカウンター前に着くと、御剣はすでにいて、近くの壁に軽くもたれるようにして、新聞を読みながら立っていた。遠くからでも、その姿は端正で、仁菜には、多くの人が行き来する雑踏の風景から、彼だけが浮き立って見えた。

 仁菜は、そんな御剣に近づくだけで妙に緊張してしまう。彼女たちに気づいて、こちらを見る視線からは、彼の感情は読み取れない。



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