虹の検事局・後編

□第20話(5P)
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 ほどなく、本を閉じる音と、衣擦れの音がして、小さなライトが消えた。仁菜は窓の方に体を向けたまま、振り返ることもできない。
 御剣は、おやすみ、と静かな声で言うと、不意に、彼女の後ろ頭をやさしく撫でた。

(えっ?!!)
 仁菜の心臓はどくんと鳴る。シートを倒す音がしたので、彼女が少しずつ首を動かしやっと見てみると、すでに御剣はブランケットを深くかけ、通路側に体を向けて横になっていた。

 以前、一度、彼に頭を撫でられたような気がしたことがあったが、勘違いだと思っていた。でも今のはぜったい勘違いじゃない‥‥‥。
(な、撫でられた‥‥‥女性の頭とか、絶対に撫でそうもない人に‥‥。いやまて、意外と撫でる人なのだろうか? 海外では、挨拶の一種だったりするのかも? ああ、きっとそう‥‥‥か?‥‥)

 頭の中がぐるぐるしてきて、とても眠れそうになかった仁菜は、また窓の外を眺める。真っ暗だった空に、いつのまにか紺青の雲がたなびき、彼方に見える水平線が明るく輝き始めていた。

 * * * *

 羽咲空港につくと、仁菜は急に現実に引き戻されたような気がして、ひどく寂しい気持ちになる。
 彼らは到着ロビーで解散した。仁菜は、帰りも亜内の車に同乗させてもらうことになっていて、彼が家族に電話しているのを待っていた。

 すると、人ごみの向こうから、さっき、挨拶して別れたはずの御剣が、硬い表情で近づいて来た。仁菜は、その威圧感にたじろぐ。

「ど、どうしたんですか?」
 彼は、顎を少し持ち上げチラと仁菜を見下ろすと、無言で、手にしていた小さい袋を彼女に押し付けるように渡した。
「え? 何ですか?」 
「理由など‥‥‥」御剣は目を合わせず、ぶつぶつ言っていてよく聞き取れない。
「えっ?よく聞こえませ‥‥」
「理由など知らんと、そう言ったのだッ!」
 彼は怒ったように言い放つと、黒いコートを翻して去って行った。

 仁菜は何事かとおどろいて、御剣の背中をしばらく見送った。
 はたと袋の中身をみると、小ぶりな箱が入っている。開けてみると、ていねいに包まれたクリスタルの置物だった。
(あっ!)
 お礼を言いたくて、御剣の姿を目で追うが、彼はもう雑踏に紛れて見えなくなっていた。

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