虹の検事局・後編

□第21話(5P)
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■12月14日 ホテル・バンドー・インペリアル かすみの間■

 今夜はホテル・バンドーの系列である豪華ホテルで、地方検事局の大忘年会が開催される。
 検事局長はもちろん、検事や事務官も、みな正装して参加する盛大なパーティであり、全職員が出席しなければならない公式行事でもある。
 仁菜も、仕事を終えたあと、パーティ用に買った服に着替えて会場に向かった。あたりさわりのない、黒いドレス。多少襟ぐりが開いてはいるが、ドレスと言うよりワンピースみたいなもの。

(あまりぱっとしないな‥‥‥)
 ホテルの化粧室で鏡に映った自分を見て、彼女は思う。お店の人に勧められた、背中がもっと開いた大人っぽいものがよかったかな。髪をアップにする用意もしてくればよかった。御剣に会えるかもしれないと少し楽しみなだけで、パーティのたぐいは相変わらず気が重い。

 彼女は鏡の前に立ったまま、飛行機の中で、御剣に撫でられた後ろ頭を、自分の手でまた触れてみる。なぜ彼はあんなことをしたのだろう。それと、あのクリスタルも‥‥‥‥。官舎の部屋には、御剣が買ってくれたクリスタルガラスの置物が窓辺に飾ってある。陽の光があたってキラキラ輝くのを見ると、いつでも幸せな気持ちになれた。あのあとすぐ、メールでお礼をしたが、返事は来なかった。

 結局、どちらも、たいした意味はないんだろう、というのが彼女の結論だった。きっと、想像以上に後輩思いの人なのにちがいない。もしかして‥‥、なんて身の程知らずに思ってみても、その先に進展がないのが答えだった。食事に誘われることも、あれ以来一度もない。


 会場のかすみの間に足を踏み入れると、御剣に会えるかも、と思っていた自分の考えが、ひどく甘かったということに仁菜は気づいた。きらびやかなシャンデリアが下がった大きな広間は、数百の人々で混み合っていた。
 片側は、高い天井から一面の窓になっていて、手入れの行き届いた庭園が見える。宿泊研修の打ち上げとは、まったく規模が違うパーティだった。その中から、たった1人を見つけるなんて、とてもできそうにない。御剣の赤いスーツは目立つのではと思うが、それにしても、あまりにもたくさんの人がいる。

 仁菜は一人、やわらかい絨毯の上を歩き回ってみるが、見知った顔はいなかった。新任研修で親しくなった人達は、ほとんどが他の検事局に配属になっていて、とりたてて話したい相手もいない。出席者はみな、タキシードやイブニングドレスで華麗に装い、飲み物片手に談笑していて、彼女は自分がなんとなく場違いな場所にいるような気がしてくる。 



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