虹の検事局・後編

□第22話(5P)
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「ずっと聞きたいと思っていたことを聞いていいですか?」仁菜は声をかけた。
「なんだろうか」
「‥‥‥御剣検事は、死刑を求刑するとき迷いませんか?」
「‥‥求刑するのか?」彼は仁菜を見る。
「いえ。‥‥‥でも、もしそんな日が来たら、いろいろ考えてしまいそうで不安です」
 御剣は黙っている。

「‥‥‥兄を殺した犯人のことも、家族としては死刑にしてほしい。でも、一人の検事としてなら、迷うと思うんです。それは正しい選択なのか‥‥と」
 御剣は、しばらく口を開かなかった。視線を落として、ゆっくり歩いている。仁菜が、へんなことを言ってしまったかな、と謝ろうとしたとき、静かに言った。
「迷うことは悪くない。かつて私は師を盲信して、迷いも不安もなかった。‥‥‥そして、あのザマだ」
 彼は自嘲ぎみに低く笑った。

(御剣検事は、昔のことを、まだ忘れてなんかいないんだ)仁菜は、御剣の苦しげな表情を見て思う。 

「わ、私は、御剣検事のこと信じてます」
 仁菜はとっさに言った。彼は意外な言葉に驚いたような視線を向ける。その瞳を仁菜は必死に見上げた。「御剣検事が、昔からずっと変わらず、正しい道を選ぼうとしてきたこと‥‥し、信じてますから」
 御剣は、少し嬉しそうに頬を緩めた。


 官舎の門の前に着き、2人は立ち止まった。パーティがあったからか、いつもより人の出入りが多い。何人かが、御剣に気づいたようで、2人を見比べて、通り過ぎる。
「2人で帰ってきたとこ、見られちゃいますよ」仁菜が、すこし焦って言うと、
「別にかまわないだろう」と御剣は、なんの感情も込めずに言った。
 仁菜はもう一度、お礼をして、そこで彼と別れた。

 しばらく歩いて、官舎の玄関口で振り返ると、まだ彼は門のあたりに立っていた。仁菜が手を振り、ぺこりと頭を下げると、彼も片手を軽くあげた。彼女はその姿になぜか目がうるんでくる。どうして彼は、こんなにも優しいんだろう?
 自分の気持ちが、あまりにも彼に傾き始めて怖い‥‥‥。どう考えても手が届く人ではないのに‥‥‥。
 仁菜は、気持ちを振り払うように、自分の部屋に急いだ。

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