虹の検事局・後編

□第28話(6P)
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■1月13日 地方検事局 11階 廊下■

 年が明けて2週間ほど経った頃、御剣は、共同捜査をしていた一件で、亜内の執務室を訪ねていた。双方の抱える事件が一通りの決着を見て、この日で共同捜査は終了となった。
 仁菜が同席しなかったことに落胆しつつ、どこかほっとして、御剣が亜内の執務室を出ると、廊下の先から歩いてくる彼女の姿が視界に入った。御剣を認めてにっこりすると、駆け寄ってくる。

(夜芽くん‥‥‥!)
 彼の心臓が激しく打つ。
 とっさに彼はあらぬ方向へ目を泳がせ、次に、あわてて手元のファイルに目を落とした。そして、そのまま気づかぬふりをして広い廊下の端を歩き、彼女とすれ違った。

 先日、矢張と話して、自分の気持ちがはっきりわかって以来、御剣は、今まで以上に胸苦しい日々が続き、彼女と対峙する勇気が出ない。いつも会えないかと探しているくせに、出会うと呼吸もままならない状態になって、その場から逃げ出したくなる。彼女からメールで届いた年賀に、心情を滲ませた長文の返事をしてしまったことも、後からやたらと気恥ずかしくなっていた。

 数日前にも食堂で同じようなことがあった。カフェテリアのレーンに並ぶ仁菜の姿を我を忘れて見つめていたら、彼女にいきなり視線を向けられ、そそくさと席を立ってしまっていた。
 こんな体たらくでは、矢張の言う、「コクハク」をいつになったらできるのかと御剣は思う。あれからずいぶんと日数が経っているというのに、何一つ行動を起こせていなかった。

 そのあたりについて誰かと話したかったが、また同じ顔しか浮かばなかった彼は、その日の午後遅く、再び喫茶とれびあんに足を向けた。矢張は相変わらず、カウンターの中で、のんびりとコーヒーカップを拭いていた。御剣はコートを脱いで、矢張の前に座る。

「よォ御剣。コクハクはしたか?」
 矢張は顔を見るなり言った。この時間も、店内には意外に客が多い。もっと時間帯をずらすべきだったかと御剣は思う。
「いきなりだな‥‥‥。とりあえず、紅茶を頼む」
「オッケー」

 矢張はまたのんびりとした動きでティーポットの用意を始めたが、カラン‥‥‥と鳴ったドアベルの音で顔を上げた。
「おぉ、いらっしゃ〜い。久しぶりだねェ」
 矢張は満面の笑みで、入って来たらしい客に、親しげに声をかけた。
(こういうところは、本当に客商売に向いているな、コノ男)と矢張の笑顔を見て、御剣は思う。



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