虹の検事局・後編

□第28話(6P)
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 その時、踊り場の扉が開いた。ザワザワとざわつく声がフロアから聞こえ、はっとした隙に、仁菜はうつむいて彼の脇をすり抜けて、駆け下りていった。

「待ちたまえ!」
 御剣は追いかけようとするが、大きな会議でも終わったのか、ドアからどやどやと大勢の人が出てきて、行く手を阻む。おまけに、胸の携帯まで鳴り出した。
 階段の先を、大勢の人間がひしめきながら降りて行くのを見て、彼は追いかけるのを諦めた。

 * * * *

 官舎に帰って何時間が経っても、仁菜はまだ混乱していた。つい涙ぐみそうになるが、悲しいのとは違う不思議な気持ちだった。さっき彼が言った言葉は、どういう意味なんだろう‥‥‥。

(私への‥‥‥気持ち‥‥?)
 彼女は窓際に歩いて行って、飾ってあるクリスタルを手に取り眺める。室内の光でも、きらきらと輝いていた。

 机に置いた携帯が、また震える。ディスプレイに表示されるのは、“御剣検事(執務室)”。さっきから何度も鳴っているが、なにかが恐ろしくて、出られない。最初の電話からもう1時間は経っている。彼女は思い切って受話ボタンを押した。 

「やっと出てくれたな」彼の穏やかな声が聞こえた。
「‥‥‥」
「あんな思いをさせて、すまなかった」
「‥‥私も‥‥‥」
 彼女は小さい声で言う。「うん?」と御剣が優しく聞き返す。
「‥‥私も、さっきはへんなこと言って、すみませんでした‥‥」
「キミが謝ることはない。私がはっきりさせないからいけないのだ」
「‥‥はっきり?」

 それには答えず、「明日は‥‥」と御剣は言う。
「明日?」
「仕事は、何時に終わるだろうか?」
 仁菜は考える。「たぶん7時には」
「ではその頃、迎えに行く」

(迎えに‥‥‥?)
 仁菜が言葉に詰まっていると、彼は「では」と言って電話を切った。

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