虹の検事局・後編

□第29話(6P)
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「失礼」
 そう言うと彼はバッと立ち上がって、大股であたりを歩き回る。仁菜は、御剣の革靴が音を立てながら砂を跳ねる様子を目で追う。彼は、広い背中を見せて大きくため息をつき、そしてまた戻ってきて、仁菜の隣にどっかと座った。

「そ、その‥‥。つまり‥‥だ」うつむいて御剣が話し出す。
「は、はい」
「私は‥‥‥」彼は、仁菜に顔を向けた。眉間にシワを寄せた射るような鋭い目。それを、風に吹かれた長い前髪がときどき隠す。「キミのことが‥‥だな」
「‥‥‥‥!?」
「す‥‥‥‥‥好きになってしまったようだ。‥‥いや、ようだ、ではいかんな‥‥‥‥」彼は一瞬目を落とし、そしてまた彼女の瞳を強く見て言った。

「好きだ。好きになってしまった」

 突然の言葉に、仁菜は雷に打たれたような衝撃を受ける。と同時に、体中がかーっと熱くなった。耳も顔も熱い。手が震えてくる。

「わ‥‥わ‥‥わ‥‥‥」彼女は口をパクパクさせるが、言葉が出てこない。

 御剣が怖いぐらいに真剣な目で、彼女の顔を見つめる。

「私も御剣検事のことが、す、す、好きです!!‥‥‥ずっと前から好きでした!!!」

「そうか!!!」
 御剣は、嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。見たことのない表情だと仁菜はぼうっとなった頭でぼんやり思う。
 そして彼は照れたように言った。「では、私と、付き合って貰えるだろうか」
 仁菜がこくりと頷くと、彼はふうと大きく息を吐いた。

「では、行こうか。遅くなって、申し訳ない」
 彼は両手をぽんと膝に置くと立ち上がり、彼女にすっと手を差し出す。

 仁菜はまだ動転していたが、差し出された手におそるおそるつかまって立ちあがった。指が長く男らしい手が、しっかりと彼女の手を掴む。仁菜が、ふと御剣が敷いてくれたハンカチを思い出して、それを取るため、体をねじろうとした瞬間、手をぐいと引き寄せられた。体勢を崩しそうになる彼女の体を、御剣はしっかりと抱き止め、広い胸の中に包み込む。彼はぎゅっと、仁菜が息苦しくなるぐらいに腕に力を込めた。彼女がきつく押し付けられた場所は、夜風で冷えていたが、とてもいい匂いがした。

 御剣は、しばらくそうしたあと、大きい両手で、彼女の頭を包み込むようにして、顔を上げさせた。彼の親指がそっと動いて、優しく頬を撫でる。
 彼女には、彼の瞳しか見えない。薄い色の瞳が、まっすぐに彼女を見下ろしていた。

「仁菜‥‥‥‥」彼は初めて名前を呼ぶ。

 最初に彼女に触れたのは、御剣のさらさらの前髪だった。仁菜はゆっくり目を閉じた。


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