SIDE STORIES

□ACTRESS(4P)
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「ふ、面白い人。そうですよ」
「付き合っている女性ならば、います」
「そうなんだーガッカリ。どんな人ですか?」
「普通の女性ですよ‥‥」
 そう御剣が答えたとき、彼の胸ポケットの携帯電話が震えて、メールの着信を知らせた。その内容を確認すると、御剣は、「ちょっと失礼」と電話をかける。

「ああ、私だ。さっき終わった。‥‥‥大丈夫だ。‥‥‥そうか」
 誰かと話しながら、彼は、今日一度も見せなかった笑顔を浮かべた。穏やかな声の中にもわずかに甘さを含む。「もうすぐ検事局の前あたりだな。今夜は風が冷たいから、出てこなくていい。ああ、では」

 女優が聞く。「彼女さんですか?」
「ええ」御剣は携帯を胸ポケットに戻しながら答えた。

「うらやましいな。御剣さんと付き合えるなんて。私も順番待ちしちゃダメですか?」
「‥‥‥‥」
「電話番号、教えてもらえませんか?」
「こ、これは、検事局から貸与されているものなので‥‥‥」
「じゃあ、メールアドレス!」
「むぅ‥‥‥」

「そこを右に」御剣は、女優の攻撃をかわして、運転手に言った。古いマンションのような建物だった。入口には『地方検事局官舎』というプレートがある。

 車が止まるとほぼ同時に、玄関から、女性が出てきた。笑顔でハイヤーのほうへ向かってくる。
「彼女さんですね」女優は降りようとする御剣の広い背中に向かって言った。
「はい」
 彼は振り返りもせず言い、運転手にドアを開けられ、車を降りた。

(ほんとうに普通の女!)女優は思う。

 その普通の女、夜芽仁菜は、後部座席から自分を見つめる女優に気づき、目を丸くして、御剣と女優を見比べた。
 彼女はやや誇らしげに微笑み、仁菜の目礼に応えた。

 御剣は、車の中の女優に軽く会釈して、仁菜をいざなって、玄関へ向かった。仁菜はまた車を振り返る。御剣を見上げて、口が「あのひと‥‥‥」と言っている。

 御剣は笑いながら、彼女の頭に優しく手を置いて、もう後ろを振り返らせないようにして連れて行った。今日会ったばかりの男なのに、女優は、なぜか悔しくてたまらない。いつかあの男を落としてやると心に誓う。


(おわり)


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