SIDE STORIES

□TRAP(6P)
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 明かりの落ちた商店街。シャッターの降りた店の前で、仁菜は、うつむいて所在なく立っていた。

 御剣は、その近くで車を止めた。仁菜も赤い車に気づいて顔を上げる。
 ゆっくり歩いて行こうと考えていたが、彼は車から降りた途端、走り出してしまっていた。 彼女の目は少し充血して、その目が彼を見てまた潤んだ。

 彼は駆け寄りざま仁菜の体を抱きしめ、彼女の耳元で、思わず低い掠れた声をもらした。
「冷めるわけがない‥‥‥別れたいわけがないだろう」
 仁菜は、何も言わず、なすがままになっている。御剣の胸に押し付けられた白い頬に赤味が戻り、うっすらと安堵の表情が浮かんだ。


 御剣の自宅に戻って、二人ともパジャマになっても、仁菜は、御剣がいつも座るカウチにあぐらをかき、向いの肘掛椅子に座る彼を、ふらつく手で指差しながら、「カノジョを信じることの大切さ」についての説教をしていた。
 自分に来たメールで、御剣を疑ったことは、都合よく忘れ去っていた。彼はめずらしく足も組まず、膝に手を置き、神妙な表情で聞いている。

 仁菜の足の間には、2人でだいぶ飲んだワインボトルがある。御剣が、今夜思い切って開けたワインだった。ヨーロッパを一人で旅したときに買った、思い出のワイン。結構な値段がした年代物のワインが、そういう扱いを受けていることが彼は少し悲しい。
 彼女は同じ話がループして、もう4回目だ。深夜もだいぶ過ぎている。5回目のループに入ったら、無理やりにでも寝かせよう、と彼は考える。

「きいてるんですか! みつるぎけんじ!」仁菜が、呂律のまわらない口で言った。
「あ、はい」まずい、5回目に入りそうだ。

「しかし、夜芽検事、そろそろ休まないと明日に響きますよ。さあ!」御剣はすっくと立ち上がって、彼女に肘をつき出す。彼女はそのきっぱりとした口調におとなしく、その腕につかまり立ちあがった。
 御剣は、ふらつく彼女を支えながら寝室に向かう。

「みつるぎけんじがいけないんですよ?」赤い顔で見上げてくる。
「わかっています」御剣は深くうなずく。
「あんなのしんじるなんてどうかしてます」
「おっしゃる通り」
「あんなことで、わかれるなんていってはだめです」
「承知しました」

 別れるという言葉を出したのは仁菜だが、今言ってもしかたがない。
 御剣は彼女をベッドに横たえると、やさしく頭を撫でた。
「さあ、もう休みたまえ。‥‥‥‥いい夢を」
 仁菜は、満足げな笑みを浮かべたあと、一瞬にして眠りについた。
 御剣も、その隣にぐったりと横たわった。彼の長い夜がやっと終わった。


(おわり)


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