SIDE STORIES

□DISTANCE[1/3] (5P)
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DISTANCE


〔1〕

 いつも過密スケジュールの御剣に、ここしばらく前例のない忙しさが続いていた。
 公判があす月曜日に迫る重大な事件を抱えながら、他にも複数の捜査と裁判を同時進行させている。深夜にまでずれこむ現場、隣国への日帰り出張、執務室での徹夜、目が回るような激務の日々だった。今も彼は、自宅居間の肘掛椅子に体を預け、明日までに目を通しておかなければならない書類を読んでいる。まだやるべきことは山のように残っていた。

 彼は、本当は一日中書斎にいたかったが、午後遅くに突然、ふくれっ面をして仁菜がやって来たので、居間で一緒に紅茶を飲んでいた。
 
 仁菜はまだ不満げだ。
「木曜の夜、来るっていうからずっと待ってたんですよ」
「仕事が終わったのが明け方だ」
「でも、連絡ぐらいしてほしいです」
「‥‥‥そうだな。すまん」
「最近、いつもですよ」
「‥‥‥」

 御剣は書類を読む手を止めると、長い指の先で眉間を押さえ小さく溜息をついた。しばらく前から、メールの返事もないし電話してもつながらないことが多いと、仁菜に訴えられていた。

 黙りこくる彼に、彼女はさらに口をとがらせた。
「おととい、そういえば、あの女優さんと、とれびあんで楽しそうにランチしてるの見かけましたよ。私には忙しくてランチもできないって言ってたのに‥‥‥」

 その話に御剣は、眉をピクリと動かす。それは、検事局長から依頼された案件だった。殺人的に忙しいなか、昼食に1時間近く取られて、正直、閉口した出来事だ。しかし、そんなことを、仁菜に説明する気にもなれなかった。もう1週間以上、まともに睡眠も取れていない。彼は、本当に疲れ切っていた。

 仁菜はかまわず続ける。
「あの人のこと、けっこう気に入ってるんじゃないんですか? 困ってるって言ってたけど、ほんとは‥‥」

「いい加減にしたまえ」
 御剣は分厚い書類ファイルを音を立てて閉じた。「キミは、そんな下らんことを言いにきたのか?」



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