SIDE STORIES

□DISTANCE[3/3] (3P)
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〔3〕

 御剣は、今夜もあの公園に行く。高台にある小さな児童公園。
 子供の頃に幾度となく来て、街を見渡した高台。その土地の多くは、今はマンションになってしまっていたが、この小さな公園が残されていた。

 彼女と最後に話してから、ここに来るのはもう何度目だろう。あれから時間がひどくのろのろと過ぎ、彼女と別れてからの月日が、何年にも感じられる。彼女の姿を見ると辛くなる気がして、裁判所のロビーは俯いて通り過ぎ、あの喫茶店からも足が遠のいた。

 それなのにここには来てしまう。

 車を止めて、フロントガラス越しに白い光に浮かぶあの場所をしばらく眺め、車をUターンさせて帰る。それだけだ。何故ここに来るのか、彼は自分でもわからない。ただ、あの場所をじっと見ていると、心の奥の痛みがその時間少しだけ薄らぐような気がして、来ることをやめられなかった。

 その日、彼は思い立って車から降り、マンションの敷地の中へ入った。初夏の、心地よい風が吹いている夜だったからかもしれない。
(不法侵入か‥‥‥? 判例ではセーフだったな)
 御剣は職業柄つい頭の隅で考えて、フッと苦笑いを浮かべる。

 マンションの棟と棟の間から、点在する街の光が見えていた。彼は、敷地の奥まで歩いていく。街の中心地をよく見晴らせる場所は、もっと先のはずだ。樹木の植えられたひと気のない小路に入り、さらに先へと足を踏み入れる。小路を照らす窓の明かりは、どれも平和そうに見えた。そのやわらかい色は、自分にはけっして手が届かないものの象徴のような気がする。

 あの棟の先、敷地の端に行けば、子供の頃に眺めた景色が見えるかもしれない。そう思いながら歩く御剣の視界の先には、住人のための小さな庭園があった。敷地を囲むフェンスの先には暗青色の闇が広がり、その下方に街並みが美しく輝いていた。その光に導かれるように彼は歩を進めた。

 そこには、先客がいた。

 フェンスの格子にしがみついて向こう側を見ている後ろ姿、その小さな肩の上で艶のある髪が風に吹かれていた。彼がその感触をよく知る髪。暗がりの中で彼は、懐かしさのあまり小さく吐息を漏らす。そして彼女の背にゆっくりと近づいていった。風が木の葉を鳴らし、御剣の足音をかき消す。

「―――何か、見えるかね?」

 仁菜は、フェンスをつかんだまま飛び上がった。金属がきしむ音がする。大声を出さないようにか、彼女は手の甲を唇に当てて振り返った。
 目を丸く見開いたまま、彼女は、口からそろそろと手を離して言った。
「け、検事局が‥‥‥。隣に裁判所も見えます‥‥」
 声が震えている。彼女の頭の向こうに夜景がきらめいていた。



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