剣と虹とペン

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 明るい室内で見ると、彼が本当に端正な人だというのがわかる。きれいに整えられた長い前髪が色の白い顔に影を作り、まっすぐ伸びた鼻梁の下には形のいい唇が固く結ばれている。伏せられた目元と睫毛は、女性的ともいえるほど繊細だ。

(‥‥‥くやしいがやっぱり美形だ。だけど、性格はきっとすごく悪いんだよね)

 奈理がそう思いながらドア近くで待っていると、先輩は届け物を所定の場所に置いて戻って来た。そして御剣にそっと声をかける。
「申し訳ありませんがちょっとよろしいですか?」
「ム」
 御剣は、唸るように言って眉間に皺を寄せたまま顔を上げた。
 

「新しい職員をご紹介させていだだきたいのですが」
「ああ」
 彼は奈理に視線を移した。髪と同じような薄い色の瞳。その瞳には昨夜感じた冷たさも陰険さもなく、静かな‥‥あえて言うなら知性のような光だけがあって奈理は少し意外に思う。

「次野奈理です。よろしくお願いします」
「よろしく」
 そう言うなりすぐに視線を外そうとする御剣に、彼女は明るく声をかけた。

「昨日はどうも!!」

 先輩があたふたした様子で彼女の顔を見る。
「昨日?」御剣は視線を戻すと、眉間にさらに深く皺を寄せた。
「廊下でご挨拶を‥‥‥」
「‥‥‥」
 彼は眉を寄せたまま、記憶をたどる表情を浮かべた。覚えていない様子に、奈理は軽くがっかりする。

「次野さん、行きましょう。お邪魔いたしました」
 奈理は先輩に背中を押されるようにして、外に連れ出された。

 廊下に出ると、先輩は渋い顔をしていた。
「今みたいな不躾な行動は今後気をつけてね。気難しいところのある方だから、とても気を使わないといけないの。考えごとをされているときに声をかけたりするのも厳禁ね」
「すみません」
「女性には人気の検事なんだけど、私はそこがちょっと‥‥ね」
 先輩は薄く微笑んで言った。「前任の人は彼の担当をしてくれてたから助かってたんだけど‥‥‥」
 その言葉に奈理は目を輝かせる。
「わたし、よかったら御剣検事担当しますよ!」
「ほんと?」先輩も目を輝かせた。「じゃあお願いしようかしら」
「はい!」

「ああそれから、めったにないことだけど紅茶を淹れてほしいと頼まれることがあるから、そのときは淹れて差し上げてね」
「え」
 奈理は一瞬固まる。日本茶の淹れかたしか習ってこなかった‥‥‥。ネットで調べておこう‥‥‥。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、編集長から奈理の携帯に電話がかかってきた。
「ちゃんと資料は読んでるだろうな」
「はい一応」
「何かネタはないのか?」
「まだ2日目ですよ。それに‥‥‥」
「何だ」
「事務職員では、たいしたネタは手に入らないと思います。重要な情報には近づけないし、検事との接点もほとんどないし」

「ふうむ‥‥‥」編集長はしばらく考え込んでから言う。「だったら、次の手も並行してやるしかないな」
「次の手?」
「打ち合わせのとき話しただろうが。尾行だよ。取材の基本は尾行だ」
「えっ。あれ本気だったんですか?」
「なに言ってる。当り前だ」
「事務室の仕事あるし無理ですってば‥‥‥」
「車を用意しておくから取りに来なさい」
 奈理の抵抗もむなしく、電話は切られた。

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