剣と虹とペン

4
3ページ/3ページ


 次の週末、御剣は日曜日だというのに赤いスーツで検事局に向かった。奈理が地下駐車場に止めた車で待っていると、茶封筒をたずさえて戻ってきた。検事局を出た御剣の車は、しばらく走って隣町まで行くと広い駐車場に入った。入口には『あなたの瞳にバンドーランド!』という大きなアーチがある。

(テーマパーク‥‥‥今度こそデート!?)

 御剣はその中に入ると早足でぐいぐい歩いて行く。ショップやアトラクションが並ぶ賑やかな通りを脇目もふらず、まっすぐ彼が向かったのはイベントエリアだった。
『大江戸戦士トノサマン・丙!ショー』とでかでかと看板のある入口には子供連れのファミリーがぞくぞくと詰めかけていた。御剣はその端のほうに立ち、誰かと待ち合わせなのか、時計を気にしてはあたりを見回している。‥‥‥この既視感‥‥‥。

(やっぱり隠し子???)
 奈理は人に紛れて見守る。
 落ち着かない様子の御剣は、腕組みをして人差し指でトントンと二の腕を叩きはじめた。焦燥を抑えるためか目を閉じている。奈理がバッグの中のカメラを握りしめたとき、人ごみの中から少女が飛び出してきた。

「お待たせしましたぁ〜!!」

 明るくそう言って、軽い足取りで御剣に駆け寄る。長い黒髪を頭の高い位置で結んだ可愛らしい子だ。楽しげに御剣のまわりでピョンピョンと飛び跳ねて、大きいマフラーが風になびく。

 奈理はすかさず2人の写真を撮ったものの、隠し子にしては大人すぎる。かといってカノジョにしては幼すぎる気がするが、意外にああいうのがタイプなのかもしれない。

 そしてその後からドドドと足音を立てて走ってくるのは、汗だくの‥‥‥糸鋸刑事?!
(んん? 捜査? あの女の子、そういえば資料にも出てたような気がする。名前はえっと‥‥‥)
 混雑に乗じて、奈理は会話が聞き取れる距離にまで近づいた。

「ミクモくん、遅いではないか! もう始まってしまうぞ」
「ノコちゃんのパトカーが途中でエンストしたんですよ! ミツルギさん、もっと経費つけてあげてくださいよぉ」
「こういう時にパトカーを使うなとあれほど‥‥」
「す、すまねッス!」
「まさかサイレンまで‥‥」
「思いきり鳴らしちゃいましたあ!」少女が呑気に言った。「遅刻しちゃいそうだったから。だって今日はトノサマン・丙!ですよ?」

 御剣は厳しい表情で何か言いたそうにしていたが、はっと腕時計を見る。
「とにかく今は時間がない。急ごう」
「ハイ!」
「ハイッス!」

 パトカーを使うな、か。秘密裏の捜査なのかな? この間、本を買ったのもきっとこのためだ。執務室にトノサマン人形があるのも。
 予想外に事件ネタが掴めそうで、奈理の期待は高まった。トノサマンは人気キャラクターだし、それに絡む事件をいち早く拾えたらけっこうなスクープになりそうだ。彼女はゴシップより俄然やる気になった。

 全員が早足でステージエリア内に入ろうとしたときに、突然御剣が立ち止まった。胸から携帯を取り出して何やら話し始める。刑事と少女が心配そうに見守るのを、御剣は手で合図して先に行かせた。2人は中に入って行ったが、御剣は携帯で話しながら反対方向、バンドーランドの正門前に急いで戻っていく。

(ええ!? 一体どうなってんの!! これから捜査じゃないの?)
 心の中で悪態をつきながら奈理も慌てて後を追った。

 
 バンドーランドの駐車場を出た赤い車は郊外に向かっているようだ。
 御剣はいつになくスピードを出している。さすがスポーツカーだけあって加速するたび、どんどん車を追い抜いて行くのを奈理は必死に追った。

 法の番人なのに飛ばしすぎだよ! もしスピード違反で引っかかったらすぐに記事にしてやるから。証拠を握りつぶすところも含めて‥‥‥。
 
 それにしても一体何があったんだろう、こんなにスピードを出してどこに行くんだろう。これは確かひょうたん湖に向かう道‥‥‥。
(もしかして‥‥‥“アイツ”??)
 奈理は「アイツが来たら電話する」と言っていたオレンジジャケットの男の声を思い出していた。

 (つづく) →5へ


次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ