剣と虹とペン

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「なんだろうか」
「も、もうちょっとお話ししませんか?」
「話? 何の話をだ」
「世間話とか‥‥」
「ム‥‥‥‥‥‥‥」御剣は座り直し、怖い顔をして押し黙る。     
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 奈理もそんな御剣を怯えた目でじっと見つめた。沈黙が続く。

「何か言いたまえ。世間話がしたいのだろう?」険しい顔のまま御剣は言った。
「えっ!? あ、あの‥‥‥‥‥‥‥」
 彼女は頭が真っ白になり言葉が出てこない。
「話すことがないようなら、先に失礼する」
 御剣は今度こそ席を立って行ってしまった。

(ふうぅ‥‥‥) 
 その後姿を見送りながら奈理はため息をついた。どうもうまく噛み合わないし、相変わらず怖い。仕事だからしょうがないとはいえ、あんなそっけない人に無駄なアプローチを続けるのは、ほんと疲れる‥‥‥。

 すでに彼女は“カレの得意なものを教えてもらいましょう”のメソッドも試していた。御剣が得意だというチェスで水を向けてみたが、「人に教える趣味はない」と簡単に玉砕した。どの本にも男性は女性に何かを教えるのが大好き‥‥‥とか書いてあったけどまったく信用ならない。
 編集長に報告したら型通りじゃダメってやりかたを全否定されてしまったけど、あんな人を相手に、型通り以上の何ができるのか想像もつかない。現にいま、もうひと押ししたけどなんの成果もなかった。


 気分を切り替えて昼食を取ろう。奈理はカフェテリアのカウンターをぐるりと見回した。隅のほうに、今日はベントーランドの売り子さんが来ていた。いつもは地下駐車場にいることが多いのだが。

(あれ!?)

 いつもの売り子と違う、オレンジのベレー帽をかぶった不思議な服の男が立っていた。ひょうたん湖での格好とは違うが、あの顏、あご髭、間違いなく矢張だ。

「お弁当ください」
 奈理は近づいていって声をかけた。
「お! 新入りちゃん、いらっしゃい!」矢張は明るい声で気さくに応える。
「えっ、新入りってわかるんですか?」
「おう! 天才マシスくんのこのメヂカラを甘く見るなよなッ」そう言うと、にかっと笑ってウインクした。
「目力?‥‥というかマシスくん?」

「ゲージュツカの天流斎マシスくんをしらねぇの? 今はバイト中だけどなッ」
「いえあの‥‥ごめんなさい」
「いいってコトよ。じゃあ今日からヨロシクな。マシスくんって呼んでくれていいぜ」
 矢張は右手を差し出し、奈理とにこにこして握手した。笑って目が細くなるとさらに人懐っこい感じになる。

「で、新入りちゃんはどこで働いてんの?」
「12階です」
「ん? 12階っていうと御剣がいるとこだろ? アイツいつもおっかねーから、新入りちゃんもタイヘンだよなァ」
「御剣検事のこと知ってるんですか?」
 奈理はそしらぬ顔で聞く。

「ああ、ガキの頃から知ってるぜ。アイツのことでなんかあったらオレにソウダンしていいからなッ! オレからガツンと言ってやるよ」矢張は親指を立ててみせた。
「ホントですか?」
「まかしときなッ! で、新入りちゃんの名前は?」


 ―――“共通の友人にとりもってもらいましょう”。自分の力でどうしようもない場合は人の手を借りるのが近道です。

 意外なところでこのメソッドの糸口がみつかった。タイミングを見て矢張に相談してみるのがこの作戦の最後の最後だ。ここまでやったら編集長も許してくれるだろう。

 あの人に近づけるわけない。
 さよなら検事局! カフェテリアの窓からの景色を眺めながら奈理は思った。

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