剣と虹とペン

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 窓の外は暗いままだが、鳥の声や交通の音が、夜明けが近い気配を知らせる。朝の4時になろうかという頃、奈理の手がピタリと止まった。彼女は穴が開くほどそれを見つめて、目が痛くなってきてやっとまばたきした。

「み‥‥み‥‥御剣検事‥‥‥。こ、これじゃないですか?」
 彼女は開いたファイルを見つめたまま言った。そこには燃えかけの小さい紙が入ったビニール袋がある。御剣は立ち上がって歩いてくると執務机の向いから覗き込んだ。間違いなく探していた証拠品だった。

「それだッ!!!」
「やったっ!!!」
 奈理も立ち上がった。

「ご苦労!」
 御剣が差し出した手を、彼女は両手で掴んで握手した。大きくてちょっとゴツゴツして温かい手だった。
 初めて触れた御剣の手。
 しかし彼はその手をあっさり離し、そのままソファに歩いて行った。どっかと腰を下ろすと大きく安堵の息を吐く。

 奈理が我に返ってデスクの上を片付け始めると、御剣はなにげなく言った。

「キミと一緒に夜を明かすのは二度目だな」

 その言葉に、奈理はドキッとして彼を見た。
「あ、あの日はほんとに申しわけ‥‥‥」
「いや‥‥」その言葉を御剣はさえぎった。そしてしばらく言い淀む。彼女が見守っていると思いがけないことを言った。
「今日のお礼をしなくてはならないな」

「え。いいですよ、そんな」
「食事でもおごらせてくれ」
 御剣にソファからまっすぐ見られ奈理はどぎまぎする。そして何を舞い上がったのか、彼女は言った。
「じゃあ、たっ、誕生会しませんか!?」

「誕生会?」御剣は、眉間にぐっと深い皺を寄せて聞き返した。
「あの‥‥お互い最近してないんだったら、祝い合うのとかどうかなーって‥‥‥」
「‥‥‥」
 彼は口を結び、ひどくいぶかしげな目で見てくる。その視線に奈理は顔がかあっと熱くなった。

「わ、わたしヘンなこと言ってますね! あはは」彼女はカラ笑いしながら、執務机から離れてドアに向かった。「あの、一度帰って着替えてきます。もうすぐ電車も動くし‥‥」
 誕生会などとあり得ないことを言ってしまったことが顔から火が出るほど恥ずかしく、奈理は一刻も早くここから逃げ出したい。

「お疲れさまでした」
 御剣のほうを向けないまま、奈理はドアの前でぺこりと頭を下げる。ノブに手をかけた瞬間、後ろで声がした。

「キミ、誕生日はいつだね」

「えっ‥‥‥先月です」
「それでもいいのだろうか。私の誕生日もとうに過ぎているのだが」
 徹夜明けの彼の目は疲れのせいか一層鋭くみえる。その目に、奈理は言葉につかえながら応えた。
「は、はい。も、も、もし御剣検事がよければ」
「わかった。では、今度祝い合う会とやらをやろう」
 御剣はわずかに唇の端を上げて言った。



 奈理は執務室を出ると、廊下を小走りに駆け出していた。とても疲れているはずなのに妙にワクワクして、体が自然に動いてしまう。事務室につく手前で、エレベーターからうつむき加減に肩を落として降りてくる糸鋸に気づいた。

「糸鋸刑事!!」彼女は走ってきた勢いで声をかける。
 糸鋸ははっとして顔を上げた。
「アンタ‥‥‥」
 彼も現場で徹夜だったのだろう。無精ひげが伸びて憔悴した顔をしていた。
「見つかりましたよ!! 証拠品!!!」
「ほ、ほんとッスか!?」
「だから執務室に行くのはもうちょっと後にしたほうが‥‥」

 言い終わらないうちに、廊下の奥から響き渡る怒声が聞こえてきた。
「イトノコギリ刑事ッ!!!!」
 糸鋸と奈理がビクッとして視線を向けると、廊下の奥に御剣が仁王立ちになっていた。
「‥‥‥」
 彼女は糸鋸に同情の視線を向けた。

 (つづく) →12へ


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