剣と虹とペン

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 勇盟大学文学部棟の一室で、糸鋸は御剣の到着を待っていた。
 時代を感じさせる木枠の窓の向こうを、黄色く色づいた葉がハラハラと落ちていくのが見える。御剣と奈理が不思議な誕生会をしたことを糸鋸は知る由もなかったが、その翌週のことである。
 舞う木の葉を眺めながら糸鋸は、今日はこんな仕事をするよりも、判決のとき振りまく紙吹雪を作りたかったとぼんやり考える。

 室内の大きいテーブルにはさまざまな機器が置かれていて、その前にコートを着たままの糸鋸と、髭をたくわえた文学部教授が並んで座っていた。教授の専門は犯罪シンリ学と言っていた。シンリが審理と真理のどっちだったか、糸鋸はもらった名刺で見た気がするが忘れてしまった。

 教授は、さっきからイロイロ話しかけてくるが、使うコトバがコムズカしくて糸鋸には半分も理解できない。一つわかっているのは、自分が課長から指示を受けて、今日この先生のシンリ学実験の手伝いをするということだけだ。
 

(御剣検事殿に早く来てほしいッス)

 糸鋸は何度もドアを見やりながら思う。そして早くこのイミのわからないことばかり言う教授から自分を解放してほしい。御剣は、警察署が協力しているこの実験に直接は関係していないが、教授が紹介してほしがっていることもあって見学がてらここに来ることになっている。


 御剣が現れた時、糸鋸はほとんど涙目になって立ち上がった。
「あう。御剣検事殿、鼻を長くしてお待ちしてたッス!」
「‥‥‥首だ」御剣が糸鋸をニラんで小さく言う。
「く、クビ??」
 糸鋸が焦って目を白黒させている脇で、御剣は教授にお辞儀をして名刺交換をした。

 教授も御剣に頭を下げた。「今度、検事と刑事のドラマの監修をやることになりまして、ぜひ一緒に‥‥‥」
 協力をあおぐ教授に御剣は、考えておきましょうとだけ言ったあと刑事に目を向けた。
「それで、今回はどういう実験なのかね?」

「ハイッス! ポリ‥‥ポリスの恐怖実験ッス!!」糸鋸はさっき教授から教えられたことをなんとか総合して上司に告げる。
「恐怖実験?」
「そうですね」教授が引き取った。「犯罪被害における警察官と一般人の恐怖反応の差異についての調査でして。脈拍、発汗などの生理的反応もポリグラフにて測定する計画でおります」
「なるほど」
 御剣はうなずいた。糸鋸も隣でうなずく。

 教授はテーブルに数台並んだモニターと計器を見せながら、実験手順を説明した。被験者はダミーの作業を与えられ、その最中に凶器を持った暴漢が突然乱入してくる設定だ。その際の恐怖反応を警官のグループと、一般人のグループごとに調べるのだという。

「実験室の状況は隠しカメラでモニターします」
 教授は並んだモニターを示した。2台のカメラが今は誰もいない部屋を映し出していた。中心にぽつんと、床に固定された机と椅子がある。カメラのアングルは部屋全体を斜め上から、そして被験者が座る位置を正面から捉えていた。
「実験室はこの隣です」教授が壁を指差した。


「それでは始めて」
 予定時間になると教授がマイクで指示を出した。
 検事と刑事と教授の3人が椅子に座ってモニターを眺めていると、白衣の男性に案内されて女性の被験者が部屋に入ってくるのが映し出された。音声もモニターから聞こえてくる。眼鏡をかけたその女性は入口で、『失礼するッス』と言って敬礼した。

 その声に糸鋸はモニターに顔を寄せる。
「あっ、須々木マコクンッス!」
 彼女は糸鋸もよく知る元警官で、今は検事局の警備員をしている人物だ。被験者は警察署と検事局で集めていると教授は説明した。

「元警官というのも興味深い対象ですな」名簿を見ながら教授は言った。
 白衣の男性が作業を説明し、マコは体に計器をつけられ椅子に座った。無線でデータを飛ばしているというポリグラフに、複数の波形が表示される。



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