剣と虹とペン

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 そんなことがあった数日後。
 奈理は月2回ほど開かれる主席検事会議の手伝いを言いつけられた。局長はじめ検事局の中でもお偉い方々が出席する会議だ。12階の会議室で開かれるためか、いつも彼女が駆り出される。

 奈理は潜入して以来、検事局の豪華すぎる設備や公費の無駄使いと思われる例についていくつか記事にしたが、この会議室もその一つだ。奥の壁には有名画家の巨大な風景画、隅には天秤を掲げた法の神の彫像。広々とした円形の木製テーブルには上等な革の椅子が並んでいる。
 そのテーブルに個性的な検事の面々が十数名、向き合って着席する様子は壮観だ。

 事務職員の奈理がそこで何をするかというと、お茶を出したり、資料を配布したり、エアコンを調節したり、ほんの雑用である。邪魔にならないように、部屋の端っこに一人離れて座り待機する。1時間ほどの会議だが、始まってしまえばあとはほとんど何もすることがない。

 重大事案についての話し合いがなされるが、座っている場所が遠いうえに、法的な専門用語や隠語が飛び交い、奈理には断片的にしか把握できない。この会議の雑務を任された時、なんとか情報を得ようと耳をそばだてていたが、最近では諦めてしまった。

 御剣も出席するが、だいたい腕組みをして目を閉じている。初めの頃は寝ているのかと思ったが、時々発言をするので起きてはいるのだろう。
 若くして幹部の列に並び、誰からも一目置かれているその様子。御剣は自分のような新米記者がまともに太刀打ちできる相手ではないと、この会議に出るたびに感じる。


 その日も、奈理は一通りやることが終わったあと、円卓から離れた隅の椅子に腰を下ろした。

 いつものことながら、どうしても視線は御剣に行ってしまう。テーブルの奥の席に窓を背にして座り、資料をめくって読んでいる。上級だか主席だかの検事の顔が並ぶ中で、ひときわ目立つ繊細で整った面立ち。
 大学の実験室で助け起こしてくれた時、すごく近くにあった彼の瞳を急に思い出して、奈理は少しだけ息苦しくなる。

 あんまりじっと見ていたからか、御剣がふと目を上げ彼女に視線を向けた。

(‥‥‥!?)
 奈理はどきっとして慌てて顔を伏せる。
 びっくりした彼女がしばらくして、またそろそろと顔を上げると、彼は何事もなかったように資料に目を戻していた。今までこの会議で御剣と目が合ったことなんて一度もなく、彼女はうろたえてしまう。

 あんまりじろじろ見ないようにしようと、彼女は窓の外に意識を向けた。白い雲が浮かんでいて遠くの高層ビルの先端が見える。

 奈理はこんどは夜景がきれいだったあのレストランを思い出す。彼のリラックスした表情を。プレゼントを一緒に買いに行こうと言った彼の声を。

 ‥‥その時は何を買ってもらおう? 同じようにマフラーとか手袋とかでもいいし、ティーカップを選んでもらうのもいいかもしれない。執務室にあるような高級なセットは無理だとしても、彼の見立てで‥‥‥。

 また二人で会えたら、今度はもっといろいろ話せて、もっと親しくなれる気がする。
 自分は間違いなくそれを期待している。それが潜入記者としてのものなのか、事務職員としてのものなのか、次野奈理としてのものなのかわからないまま。
 彼女は、それをはっきりさせるのはなんだかすごく怖いことのような気がした。


 白い雲とビル。窓の外はそれ以上見るものがなかった。
 中では活発な議論が繰り広げられていて、彼女はテーブルに注意を戻す。するとまた御剣と目が合った。これといった表情はないまま、まっすぐにこちらを見ていた。今度は、彼のほうがさっと視線を逸らし、その目は前髪に隠れて見えなくなった。

(わ、わたし何かへんなことしてたかな)
 奈理はドキドキして思わず髪を整え、自分の体を見下ろした。

 しかし会議が終わったときは、御剣は彼女を一瞥もせずクールな横顔を見せて出て行った。



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