剣と虹とペン
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御剣はそのプラスチックのトレーを、奈理の正面に置いた。その上には紅茶とサンドイッチが載っていた。昼食は軽く済ませていることが多いようだ。
「最近、話す余裕がなかった」
座るなり彼はそう言った。
「はっ、はい」
正面に座られて鋭い瞳でじっと見られてももう怖くない。でも、ひどくドキドキして白いヒラヒラがやけにまぶしい。窓に囲まれた明るいカフェテリアの中では彼の端正な顔までまぶしく見えてくる。
「あの‥‥」
ちゃんとお礼を言っていなかったことを奈理は思い出した。「大学ではありがとうございました」
あの時のシーンが頭に浮かび頬がほてってくる。パニックになってかなり強い力でしがみついてしまったことが恥ずかしい‥‥‥。
「うム‥‥‥」
御剣も少し照れ臭そうな表情を浮かべて唸った。「それより、約束したことを決めよう」
「あ、はい」
「何がいいだろうか。欲しいものは?」
「なんでも‥‥」
いきなり来られて、いろいろ考えていたことが飛んでしまっている。
「女性にプレゼントをするなら貴金属だとメイに、いやある人物に聞いたのだが」
「きっ、貴金属!?」
アクセサリーということだろうか? 雑貨程度しか想定していなかった奈理は戸惑った。
「いやかね」
「いやじゃないですけど‥‥‥」
関係性から言ってそれは微妙に違う気がする‥‥。御剣が仕事以外では鈍いと言った編集長の言葉を思い出す。
奈理が口ごもっていると、軽快な足音が近づいてきた。
「よォ、お二人さん。うまくいってるみたいじゃねえか!」
「矢張!」
「マシスくん!」
今日はオレンジのジャケットの矢張は奈理の隣の椅子を引いて、すとんと腰を下ろした。
「ナニナニ、プレゼントだって? いいモン買ってもらいな。コイツ、カネだけは持ってるからナ」
矢張はニカッと笑うと、奈理の肩をぽんと叩いた。そして、肩に手を置いたまま、奈理の耳元に顔を寄せ、ヒソヒソ声で言った。
「な? ちゃんとセキニン取ってくれただろ?」
「責任? あ!!!」
彼女は矢張の勘違いに気づいて顔がカーッと熱くなる。あの夜“既成事実”を作ったと思っているらしい。
その様子を見て御剣は、茶髪男の顔の前に人差し指をつきつけた。
「矢張ッ! 女性に軽々しく触るな!」
「まァそうヤくなって!」
「なッ‥‥‥」
そう言われて御剣は目を剥き、矢張はニヤニヤしている。奈理はそわそわして落ち着かない。
「御剣ィ、オマエもオレに感謝しろよな」
「感謝だと!? さっきから何わけのわからんことを言っているのだキサマは!」
矢張が次に口を開く前に奈理は、カフェテリアのカウンターのほうを指して叫んだ。
「マシスくん! お客さん来てます!!」
上手いことに、ベントーランドの屋台の前に人が並んでいた。
「ヤベ」
矢張はそうひとこと言い残すと、小走りで仕事場に戻って行った。
「‥‥‥でも、いい人ですよね。マシスくん」
その後姿を見送りながら奈理は言う。
「いい人!?」
御剣はまた目を剥いた。
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