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□One Year Later
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One Year Later


「バチェラパーティになぜキミがいるんだ。狩魔検事」
 
 成歩堂が、向かいに座る冥のグラスにグレープジュースを注ぎながら言った。
 ここはバンドーインペリアル最上階にある続き部屋。このホテルの豪華式場で明日御剣の結婚披露宴が執り行われる。その前夜、御剣が取ったこの部屋に、親しい仲間たちが集まっていた。寝室とは別に広い居間があり、テーブルの上にはホテルが用意した料理や飲み物がところ狭しと並んでいる。

 成歩堂のその言葉を聞きつけ、備え付けのバーカウンターで酒を漁っていたオレンジジャケットの男が、瓶を片手にくるりと振り向いた。

「オイ! 成歩堂ッ! なんだよそのチベットパーティってのはよォ! チベットなんかオレはもう二度と行きたくねぇんだよおォッ!!」と歯をむき出してわめく。

「バチェラだよ、矢張。1文字しか合ってないじゃないか。結婚式前夜に新郎と男だけでやるパーティのことだ」
 
 成歩堂が淡々と説明すると、冥がツンと顎を上げた。

「企画したのはこの私よ。だいたい男だの女だの時代遅れもいいとこね。それでも法律家のつもり?」

「ざんねん。ぼくはもう弁護士じゃないんだ」
 ニット帽に片手を置いて、成歩堂はにやりと笑う。「ピアニストの名刺、渡してなかったっけ?」
 冥はぐっと一瞬言葉につまるが、すぐに鋭い目で見返した。
「そんなもの。渡されても即刻ムチのサビよ!」
 ニット帽の男は「ひどいな」と苦笑いする。
 
 矢張は探し出してきた瓶を3本ばかり抱えて成歩堂の隣に座ると、ハタと気づいたように言った。
「あれっ。そういやメイちゃん、今日はムチ持ってねェの?」
「‥‥‥」冥の整った口元が悔しげに歪む。

 冥が黙りこくるので、少し離れた場所のアームチェアに一人座っていた御剣が顔を上げた。彼の手元には明日のタイムスケジュールのような書類がある。

「さすがに今回は封印してもらっている。式場でムチを振り回されてはかなわん」
 冥も今夜このホテルに宿泊するので、ムチは彼女の家にあるはずだと彼は付け加える。

「へえ。それでおとなしく家に置いてきたんだ?」成歩堂はいたずらっぽい表情で言った。「意外と素直なトコあるんだね。狩魔冥」

 冥は頬をさっと染め、にやにや笑っている成歩堂に人差し指をつきつけた。

「成歩堂龍一! フルネームで呼ぶなと言ってるでしょう! このバカげたバカのバカバカしい‥‥」
「うんうん。ムチないと結構かわいいよ。矢張みたいにメイちゃんって呼びたくなるな」
 ニット帽の男は、さらに楽しそうに言った。冥は黒い革手袋の両手をギリギリと握りしめ男を睨みつける。

「成歩堂。あまりメイをからかうな」
 御剣のその言葉も遅く、冥は近くにあった硬い円柱クッションを掴み、頭上高くに振りかぶる。

「メイ!」

 御剣が立ち上がって止めようとするが一歩間に合わず、冥はクッションを力いっぱい目の前の男に向かって投げつけた。成歩堂はそれをヒョイと軽く避け、硬いクッションは回転しながらさらに宙を飛んでいく。最後はバスルームからほかほかと湯気を立てて出てきた糸鋸が顔面で受け止めた。

「はうッ!」

「なぜお風呂上りなの!? ヒゲッ!」
「せ、銭湯が休みッスからここで借りたッス! 明日は検事殿の大事な結婚式ッスから!」
「何かしら? セントウって」

 成歩堂が説明すると、冥は信じがたいという表情を浮かべた。刑事は、クッションの直撃を受けたあたりを涙目でさすりさすり、ソファの隅に大きな体を縮めて腰を下ろす。御剣はさっきまで座っていた椅子にまた落ち着き、スケジュール表を眺め始めた。



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