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□Six Years Later
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Six Years Later


 その日糸鋸は、朝陽に輝く邸宅の前にパトカーを止めた。ドタドタと靴の音を立てて瀟洒なつくりの門扉まで走り、インターフォンを押す。
 門札には《御剣》という堂々とした文字。糸鋸の元上司の名前だ。

 元上司は今年、ついに地方検事局のトップまで昇りつめた。結果として現場を離れることになったが、重大事件が発生するとこうやって糸鋸を呼びつけ自ら足を向ける。長年部下として仕え、慕ってきた人物と今でも一緒に仕事をできることが、糸鋸は何より嬉しい。

 インターフォンは鐘のような音を響かせ、その余韻が消えないうちに、大きな玄関扉がガチャリと開いた。門からずいぶんと奥にある玄関からは赤いスーツの男が現れ、颯爽と歩いてくる。

 糸鋸が誰よりも敬愛する御剣検事局長だ。
 膝あたりまである長い上着がコートなのかジャケットなのか、糸鋸にはまだ区別がつかずにいる。胸の白いヒラヒラ以外、全体的に以前と印象が変わっているが、糸鋸にはその違いをきちんと指摘できる自信はない。間違い探しのように並べて見比べないことには。

 御剣は、糸鋸が開けて待つドアからパトカーの後部座席に乗り込んだ。糸鋸は丁寧にドアを閉めてからまた小走りで運転席に戻り、捜査資料をシートの間から御剣に手渡す。速やかにエンジンをかけようとしたところへ、「ムゥ」という低いうなり声が聞こえ慌てて手を止めた。

「どうかしたッスか?」

 後ろを振り返ってみると、御剣は資料を手にしたまま、眉間にシワを寄せ目を細めている。そして彼の手が赤い上着の胸ポケットをおさえた瞬間。
 なにやら声を上げながら、女性が門扉から飛び出してきた。
 御剣は、すぐに気づいて車の窓を開ける。

「御剣検事! 眼鏡、忘れてますよ!」

「ああ。すまん」
 彼は差し出されたものを受け取って、そのまま目にかける。

「糸鋸刑事。お世話になってます」
 女性は後部座席の窓から覗きこむと、親しげな声で挨拶した。
「おはようございますッス!」
 糸鋸も精一杯体をねじって敬礼する。


 パトカーを走らせ、しばらくしてから糸鋸はルームミラーで後ろを見やりながら言った。
「局長の奥さんは、まだ御剣検事って呼んでるッスか」

「う‥‥ム。そろそろ止めてほしいのだがな」

「局長殿にも、思い通りにできない相手がいるッスね」

「まあ‥‥な」
 御剣は人差し指を伸ばして、かけていた眼鏡のブリッジを軽く押した。それから捜査資料について、元部下にいくつか質問を始めた。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、御剣は帰宅すると、珍しく着替えもせずリビングに入ってきた。お気に入りのソファに歩いていき、上着の長い裾を両手でさっと外に払って座る。もともと時代がかった服装だと思ってたけど、いよいよ昔の人みたいになってきた。奈理はその仕草を見るたびに思う。

 御剣によるとあの上着はフロックコートというらしい。今年、立場が変わることになって新しく仕立てた服だ。内々に辞令が出てすぐ、欧州にある狩魔一門御用達のテーラーまで行って急いで作らせたスーツ。あまりゆっくりはできなかったけど、春先のあの旅は楽しかった。

「奈理」

 その彼が、帰って来るなり、ソファから彼女を呼ぶ。
 眼鏡をかけることが増えたせいか、離れた場所から見ると、少し感じが違ってみえる。亡き義父の写真に似てきた気もする。

「はい?」

「そこに座りたまえ」

「なんでしょう」

 彼の目線に従い、彼女は向かいのソファに腰を下ろした。こういうときは何か大事な話をされるときだ。最近では、検事局長の辞令が下りた日。



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