囚人検事と見習い操縦士


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「お疲れさん」
 社長が粋子に気づいて声をかけ、助手兼整備担当だと紹介する。粋子は、社長の隣に腰を下ろすと、主に白いスーツのほうを向いて頭を下げた。日本人離れした彫りの深い顔立ちにサングラスをした人だった。

「ジャスティスッ!」

 彼はいきなりからりとした大声で言うと、体の脇のホルスターにさっと手をやった。粋子は拳銃かと身構えるが、目の前に差し出されたのは警察手帳だった。それをパカリと開く。
「ジブンは番轟三。所轄署の刑事であるッ! 今日はよろしく頼む!」
「あっ。よろしくお願いします」
「そして彼が――」

 番刑事はそこで言葉を止めて隣を向いた。黒い服の囚人は、手錠の嵌められた両手を膝の間に垂らして、無表情に前を眺めている。前髪になかば隠れたその目は、藻に覆われたように虚ろだ。人を殺して牢獄で暮らす人間はこんな目をしているんだ。写真で見た6年前の瞳とはあまりにも違っていた。

「‥‥‥」

 刑事にじっと見られても囚人は口を一文字に閉じて、黙ったままだ。青白い。頬も鎖に繋がれた手も。清潔そうなシャツにネクタイをきっちり締めているのが意外だが、全身から得体の知れない気配が漂っていた。

 ありありと残念そうな表情を浮かべると、刑事は胸ポケットからスイッチのついた小さな機械を取り出した。それが合図かのように、囚人の肩にとまっていた鳥がバッと翼を広げ飛び立つ。刑事は、白い手袋をはめた手でスイッチをぽちりと押した。

「ぐぎゃああああああああああああああああッ!」

 囚人はのけぞって、ものすごい悲鳴をあげた。バチバチバチと電気の流れるいやな音がする。
「ダメだぞ、ユガミくん! ちゃんと自己紹介をしないと!」
「‥‥‥」
 粋子は驚きと恐怖で絶句した。社長も固まっている。
「キミタチは気にしないでくれたまえ! これはユガミくんを更生するために必要なことなのだよ!」

 爽やかにそう言う刑事の隣で、ユガミと呼ばれた囚人は片手で胸を押さえ、ハァハァと苦しげな息をついている。鳥が舞い戻って、またその肩にとまった。
 誰も口を利かず、ただ囚人の荒い呼吸が徐々におさまるのを聞いている。
 その異様な空気に耐えられず、粋子は口を開いた。

「あ、あ、あの。その鳥ちゃんは?」

 そう言った瞬間、囚人の眼が光った。初めてその視線がさっと動いて、粋子を捉える。刺し貫かれるような殺気に、ぞくりと背筋が寒くなる。下瞼におどろおどろしい黒い隈があった。

(な、なに? ヒナを狙われた親鳥じゃあるまいし‥‥)

「ああこのタカは、ユガミくんの裁判の手伝いをするのだよ!」
 番刑事が、対照的に明るい声と笑顔で教えてくれた。
「へ、へえ。手伝い‥‥。それでオシャレしてるのかな? バンダナなんか巻いちゃって‥‥‥ギャワアアアアアァァァ!」

 いきなりそのタカに襲い掛かられ、今度は粋子が悲鳴をあげた。タカは、今の言葉がわかったとでもいうように、彼女の顔の前で翼を大きく羽ばたかせて威嚇してくる。

「ピイ」
 囚人が軽く指笛を鳴らすと、タカはすぐさま天井高く舞った。粋子は恐怖でにじんだ額の冷や汗を手の甲でぬぐう。この羽音、今朝見た夢とまるで同じだ。正夢だ。正夢。いやな予感がする‥‥‥‥‥‥。


 社長が航空図をもとに飛行ルートの説明を終えると、刑事は大きくうなずき、二本指でぴしりと敬礼した。
「了解した! では諸君、早速出発しようではないか!」
 そして粋子に声をかける。「キミ、初場くんだったね。整備は完璧かね?」
「えっ。はい。その、たぶん‥‥‥」
「ん? ずいぶんと弱気ではないか! 正義の道に弱気は無用ッ!」
「はっはいっ! か、完璧です!」
「うむ! よろしい。良いジャスティスだ!!」 
 彼は、腰に両手を当ててハッハッハーと高らかに笑った。

「ははは」
 粋子は刑事に合わせて一緒に少し笑ったあと、横目でちらりとその隣を見る。囚人は、会話にはまったく興味なさそうに、肩にとまるタカに顔を向け、その首のあたりを撫でていた。優しげな指の動きで、唇にうっすらと笑みを浮かべて。鳥も気持ちよさそうに目を細めている。
 彼女はその姿を眺めていると、少しだけ恐怖が薄れていくような、不思議な気持ちになった。


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