囚人検事・番外編

□十一月
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十一月


 GYAXA・宇宙センター中央棟の5階には、センターで働く研究者のための居住フロアがある。入り口こそ厳重なセキュリティで守られているが、中に入れば普通のマンションと大差ない。
 その一室のダイニングチェアに粋子は落ち着きなく座っている。テーブルには鍋の用意が済んでいて、この住居の主であるかぐやは、リビングにあるカウンターで、なにやら小さな機械を分解している。料理は、かぐやの指揮のもと一緒に用意したものだ。

「ジン、おそいね!」

 部屋の中をくるくると動き回りながら言ったのは、ポンコという身長1mちょっとのロボットだ。普段は宇宙センターの観光案内をしていて、その姿は粋子にも見覚えがあった。今夜は夕神がここに外泊するので、家事の手伝いにかぐやに連れて来られていた。ポンコはかぐやが開発したロボットと聞いて、粋子の彼女への気持ちは、一気に尊敬の念に変わった。自分も機械好きだが、レベルが違いすぎる。

 かぐやが手元から顔を上げないので、ダイニングから粋子が「ちょっと遅いね」と、返事をした。

「粋子!」
 ポンコはさっき教えた名前でさっそく呼ぶ。
「なに?」
「心臓が、ものすごく、どくんどくんしてるけど、ダイジョウブ?」
 明るい声で言うと、首をかしげて、そのまま頭をくるんと一回転させる。
「なっ、なんでわかるの!?」
「ポンコにはわかるよ!」
「なんで!?」

「うるさいわね。心音探知機能がついてるのよ」やっと顔を上げて、かぐやが口を開いた。さすがに家ではゴーグルは外している。その切れ長の目で、さっと玄関のほうを見た。
「来たわ。出て」
「えっ? はい!」

 かぐやの言葉のすぐ後、ドアチャイムの音が響く。粋子は廊下を急いで、玄関に向かった。ポンコに指摘されたとおり、どくんどくんと心臓が鳴っている。

「案の定、いやがったな」

 夕神は、粋子を見るなり、羽根をくわえた口の端で言った。視線は相変わらず射るように鋭くて、少しムッとしているようにも見える。
「かぐやさんに呼ばれて‥‥‥ああっ、ギン!」
 彼の肩にむくむくとした羽の、なつかしい姿があった。白黒のバンダナも変わらない。粋子の喜ぶ声に、ギンは相棒と同じように鋭い目でジイッと彼女を見る。
「私のこと、忘れちゃった‥‥‥?」

「ジャースティースッ!」

 いきなりの大声量に驚いて、粋子はギンに伸ばしかけていた手を引っ込めた。夕神の後ろから、ひょいと顔を出したのは白いスーツの刑事だった。
「あっ、こんばんは」
「おお。キミもお呼ばれしていたのかね!」
「はい」
「ジブンもいつもはご相伴にあずかるのだが、今日は遅くなってしまってね。任務に戻らなくてはならないのだよ。いやあ、実にザンネンだ。ハッハッハ!」

 その笑い声が合図かのように、ギンは「クエエェ」と鳴いて一足先に室内に飛び立つ。刑事は胸ポケットから大きい鍵を取り出すと、夕神の手錠を外し始めた。大柄な男二人で、けっして狭くない玄関がいっぱいになる。

「ユガミくんはこれでも模範囚なのだよ」
 番は、最後の鍵をカチャリと回した。「身元引受人であるお姉さんの家では、特別に解錠が許されているのだ」
 手錠が嵌められていたあたりには、夕神の黒い上着に少し擦れたような跡があった。
 彼は自由になった手でブーツを脱ぐと、刑事だけに軽く声をかけ、粋子を残してさっさと廊下を歩いていった。


 ◎ ◎ ◎


 家主の弟は、陣羽織は脱いだものの、ネクタイもゆるめずテーブルにつく。姉に促されても着替えようとはしなかった。ギンは部屋の隅にある止まり木のスペースで、与えられた餌を食べている。かぐやによると、ギンの餌の中身は見ないほうが幸せらしい。

「ジン。ビールは?」
「‥‥‥いや。俺はいい」
「めずらしいじゃない」
「‥‥‥」



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