囚人検事・番外編

□十二月
1ページ/3ページ


十二月


 一年の最後の月、その月は凶悪で非道な事件がたて続けに起きた。ロケットに爆弾が仕掛けられ、宇宙飛行士が殺害され、その数日後、裁判所までもが爆破された。夕神に残された時間が、流れ落ちるように消えていく12月。彼にかかわりのある場所で大事件が起きるたびに、粋子の気持ちは大きく乱された。

 刑務所で面会したり、裁判所で傍聴できる時間はごくわずかしかない。月1回と定められた外泊も、この先、もう機会はない。刻々と「その日」が近づいているのに、夕神は変わらず、むしろこれまで以上にゆう然としていた。腹の底で静かに覚悟を決めている。粋子はそれが怖ろしかった。日を追うごとに、夕神と会うことすら、怖ろしくなっていった。会っているその瞬間にも、彼の姿が幻のように立ち消えてしまう気がした。

 そのぶん、粋子はひんぱんに彼の姉を訪ねた。彼女しか、この恐怖を共有できる人はいないと思えたからだ。かぐやも同じなのか、忙しい時間を割いて、粋子を自宅に迎え入れた。ロケット爆破事件の数日後も、粋子は宇宙センターのかぐやの家にいた。

「わたしに考えがある」

 かぐやは、粋子に向かってというより、ひとり呟くように言った。すぐれない顔色で、ゴーグルをつけた瞳はいつにも増してイラ立っていた。
「なにか方法があるなら、私も手伝います」
「結構よ。これは、わたしたちの問題なの」
「わたしたち?」
 かぐやは、ソファからすっと腰を上げ、棚にある写真立てを手に取った。和服の女性とかぐやが並んでいるものだ。
「そうよ‥‥わたしとジンとお姫サマ」
「お姫さま?」

「そう。アイツはね、命をかけてお姫サマを守ってんのよ。バッカみたい!」

 お姫さま――。
 小さな衝撃が、粋子の心を襲う。
 彼はお姫さまを守っている。彼がカンゴクにいるのは、その人のため。粋子にはなぜか、聞く前からわかっていたことのように思えた。だから、それが誰かは聞かなかった。
 かぐやは、写真を見つめたまま低くつぶやく。
「わたし一人でやれる。一人でやんなきゃいけないんだわ」


 その翌日、宇宙センターで、また大きな事件が起きた。
 ロボットが反乱を起こし、見学客12人を人質に取って立てこもったという。そして要求は、夕神の事件の再審理―――!

(かぐやさん!!)

 かぐやに違いない。ひどく興奮して、粋子は事務所のテレビにかじりついた。すぐにでも駆けつけたいが、まだ仕事が残っていて出るわけにはいかなかった。宇宙センターのエントランスには機動隊が並び、マイクを手にしたレポーターが、テレビ画面の向こうで叫んでいる。

『7年前の殺人事件の再審がまもなく開廷します! 場所は、爆破された第4法廷! 担当検事は、検事局長・御剣怜侍。弁護人は今年復帰した弁護士・成歩堂龍一。かたや天才、かたや伝説、前代未聞の裁判になりそうです! ロボットを遠隔操作している立てこもり犯は、夕神迅の実の姉、夕神かぐやと思われます―――』

 御剣、成歩堂、かぐや、そして夕神の顔写真が、繰り返し映し出される。
 粋子は、夕闇迫るころ、やっと裁判所にむけて事務所を出た。御剣と成歩堂の名刺を手に、ギンの羽根を胸に。


 ◎ ◎ ◎


 その日の夜。
 すべてが終わったとき、空には丸い月が出ていた。
 天井が崩れ落ちた法廷を、月光がすみずみまで照らすように、すべての真実が明らかになった。
 夕神は7年という長い時を経て、ついに無罪となった。

 粋子は、傍聴することは叶わなかったが、検事局長の名刺のおかげで、裁判所のホールまでは入ることが許された。そこには、記者たちが詰めていて、審理の一部始終が耳に入ってきた。
 長い戦いのすえ突きとめられた真犯人の姿に、彼女もまたショックを受けた。
 ―――真実が、いつも美しいとは限らない。
 検事局長が裁判で発したという言葉が、レポーターのマイクを通して、全国に繰り返し放送されていた。

 そして、もう一つの真実にも、光が当てられた。夕神が守り続けた“お姫さま”、命より大切な存在が、心音であったこと。二人は強い絆で結ばれ、お互いに深く思い合っていたこと。
 その物語は、粋子の胸にすとんと落ちた。すがすがしいほどに。
 心音と偶然知り合ったのは皮肉に思えたが、彼女が宇宙センターの関係者だったのなら、アメリカで出会ったのも腑に落ちる。あの町の訓練所は、センター長に紹介された場所だ。



次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ