虹の検事局・前編
□第1話(3P)
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仁菜は一体なんなのか、まったく想像すらつかず、胸をドキドキさせながら、ぐいぐい先を歩いていく御剣の後を必死で追った。「あの‥‥‥」と声を掛けるが、一切答えず振り返ることもなく、大股で歩いて自らの執務室に入っていく。続いて入ると、御剣は、先ほど仁菜が判例集を取ったガラス扉の本棚の前に立っていた。
ようやく、仁菜のほうを見ると、「こちらに来たまえ」と手招きする。
「これだ!」
これだ、と言われた方向を見るが、先ほどと同じように、分厚い専門書がぎっしりならんでいるだけで、何のことやらさっぱりわからない。研修で使った本も、同じ位置にきっちりと収められている。
きょとんとして、隣に立つ御剣の顔を見上げると、怒りでかすかに紅潮した頬と、燃えるような瞳で、棚の上段を見つめていた。こんな事態なのに、近くで見る御剣検事はほんとに端正な顔立ちだなぁ‥‥などと呑気なことを仁菜は思う。
御剣の視線の先を追うが、そこは、仁菜の身長では死角になり、爪先立ちをしないとよく見えない。
御剣は「女性だから大丈夫だと思っていたのだが‥‥‥よほど乱暴に開け閉めをしないと‥‥やはり注意をしておくべきだったか‥‥‥」とぶつぶつ独り言のように言っている。
仁菜が必死に爪先立って、最上段の棚を見ると、本の間に、高さ15センチほどの陶器の人形が倒れており、その首がきれいに折れて、転がっていた。そのちょんまげ姿に、仁菜は見覚えがあった。そういえば、さっきキーホルダーについていたのもこのキャラクターだ。
「あ‥‥トノ‥サ、マン?」
「なんだその間抜けな言いぐさは!」
御剣のきつい声が上から響いて、仁菜は首をすくめ、その勢いに青ざめた。
「‥‥‥大事な証拠品か何かだったんでしょうか?」
御剣は唸って、「ム‥‥‥そんなものより何倍も貴重なものだ」
「えっ?」
「これは大江戸戦士トノサマン100回放送記念に、抽選でたった3名に配られた貴重なものなのだ。今から手に入れようとしても絶対に無理なシロモノだ。当時私は、非常に困難で難しい難事件を抱えながら、応募はがき300枚以上書いて、やっと当てたのだぞ!」
「さ、300枚‥‥‥」仁菜はその内容と御剣の勢いに、目を丸くして思わずつぶやいた。