虹の検事局・前編

□第3話(4P)
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「夜芽さん‥‥‥‥夜芽さん!!」 天杉に呼ばれて、仁菜はハッとした。隣の会話に神経を集中していて、呼びかけにまったく気づいていなかった。
「もうそろそろ戻らないと」
 仁菜のテーブルの上には、半分以上残ったランチセットがあったが、とてもそれ以上入るとは思えなかった。

 2人が御剣とどういう関係かはわからないが、話しているのは、仁菜が壊したトノサマン人形についてであることは間違いなさそうだ。御剣が怒っていないことに驚いているようだが、昨日、自分があれだけ叱責されたのを知らないだけだ‥‥‥。
 御剣とトノサマンとの関係は謎だが、まさかここまで大事なものだったとは‥‥‥仁菜は頭の中がいっぱいになった。

 急に様子が変わった仁菜を、天杉が不思議そうに見て言った。「どこか具合でも悪いの?」
「う‥‥‥ううん大丈夫」仁菜は立ち上がった。

* * * *

 16時過ぎに3つの裁判の傍聴が終わり、牙琉検事と新任検事8名は、裁判所内の一室にこもって審理の振り返りとディスカッションを行った。響也は笑いを交えながら、皆の意見を聞き、フィードバックする。
 人の注意の引き方や話し方も手馴れていて、彼の顔や表情をじっと見ていると、皆ついつい引き込まれてしまう。新任全員の名前もすぐ憶えてしまった。

 御剣検事と、局内の女性人気を二分しているという噂もなるほどと納得だった。ただ、響也が周りに人が集まるのに比べて、御剣は遠くから憧れられるタイプだな、と仁菜は思った。
 とにかくタイプが全然違う。静と動、陰と陽、ヒラヒラとジャラジャラ‥‥‥

「夜芽クンの意見は?」と呼ばれてあわてて自分の考えを述べると、響也は笑顔で聞き、少し訂正を加える。
「キミは優秀だね」と言われ、指をぱちんと鳴らした後、びしっと指差されると、ちょっと照れるが、けっして悪い気はしない。
 ほんとうに御剣検事と正反対のタイプだな、と仁菜は思った。


■同日 地方裁判所 1階 ロビー■

 御剣は今日の法廷でも有罪を勝ち取った。
 ほっと一息をついたところ、また仁菜の顔が頭に浮かんで、どんよりとした気持ちになった。どういう風に、何を言ったらいいか、皆目見当がつかない。
 法廷では、言葉がスラスラと出て来るのに、このような会話は、どうも苦手だ、と彼は思う。

 裁判所の1階のロビーにあるソファに、ひとまず腰を下ろす。牙琉検事の性格から言って、時間通りに研修を終わらせるだろう。

 
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