虹の検事局・前編

□第6話(3P)
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 仁菜はしばらくその横顔を見ていたが、諦めて「‥‥はい」と返事した。
(取調べで違法行為‥‥‥?)

 一昨日、仁菜たちは初めて、1人で被疑者の取調べを行った。取調べは、司法修習生の頃から何度も陪席しており、御剣同席のもと実習も繰り返しているので、緊張はするが、それほど困難な課題ではなかった。

 それぞれに被疑者を割り当てられたが、天杉は窃盗犯、仁菜は詐欺犯の、いずれも軽微な事件だった。容疑は認めているものの再犯のため、おそらく起訴になるという、新任のトレーニングに適したものだ。
 天杉が担当した窃盗犯は、アルバイト先のロッカーから、同僚の金品を盗んだ若い女性だった。調書にも、何の問題もなさそうだったのに、一体何があったんだろう‥‥‥。


 2時間ほど経ったころ、ようやく、天杉が会議室に戻ってきた。青白く、意気消沈した顔をしている。立ち尽くす天杉をひとまず座らせ、話を聞くことになった。

 本来、被疑者の取調べには、事務官か書記官が同席する。それは検察官の行為を監視し、被疑者の人権が守られるためでもあり、また逆に検察の客観性が保証されるためでもある。
 その日、天杉は、検事局の取調べ室で、書記官の同席で行う予定だった。

 なにぶん、初めての1人での取調べで、パニックになってしまったのだろう。書記官が到着する前に予定時間が来たので、取調べを始めてしまった。
 直後に、それに気づいて、慌てて「ちょっと待って下さい」と立ち上がったところ、そのまま、2人の間にあった机の脚につまずいて、こともあろうか、女性被疑者の膝の上に手をつき、スカートの繊細な布地を少し破いてしまったという‥‥‥‥。

 天杉が謝って、その後、取調べも終了したが、翌日になって被疑者は弁護士に訴え、立会者なしの単独取調べ中の暴力とセクハラとして、検事審査会への審査の要求が上がった。

 天杉は、さきほど審査会で、今後の成り行きによっては懲戒処分や、最悪、検事バッジが取り上げられることもありうると言われたらしい。
 天杉は一通り、震える声で話し終えた。仁菜も青い顔で一言も発することができなかった。

 御剣は、椅子の背もたれに体をあずけ、腕組みをして、いつになく深いシワを眉間に寄せ目を閉じていた。天杉と仁菜が見つめる中、しばらくそうしていたが、やがて、目を開いた。
「なぜそれを私に報告しなかったのだ?」

  
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