虹の検事局・前編
□第8話(4P)
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御剣は自宅に戻るとすぐ、疲れた時に特に好んで聞く楽曲を、いつもより大きめ音量で流した。普段であれば、その第一楽章で気持ちが静まるのにもかかわらず、終楽章まで聞いても、彼の心の波はおさまらなかった。
自分を支配している感情が何なのか、御剣の記憶には比較するものがなかった。それは、牙琉のときに感じた独占欲のようなものより、ずっと苦い、怒りに近い感情だった。
* * * *
翌日は、牙琉、ゴドーの担当する新任検事も合わせて、御剣による合同研修だった。これまでの実習を振り返りつつ会議室での講義である。
8人を一通り見渡すと、仁菜が、いつになくすぐれない顔色でうつむいていた。昨夜の光景がまざまざと思い出され、またしても御剣の胸はざわつく。
「まずは、これまでキミたちが学んだことについての復習からだ」
そう宣言すると、全員に緊張が走る。仁菜はうつむいたままだ。
「夜芽くん」
御剣に呼ばれ、仁菜ははっとして顔を上げる。
「出しておいた課題はわかっているな?」
「はい」
仁菜は小さい声で言ってうなずく。
昨日、御剣から各自へメールで30ページ以上の英語文献が配布され、それについての意見を、これまでに得た知識もふまえつつ、まとめておくように言われていた。
「では、まずキミの意見を聞こう」御剣は冷徹な目で、仁菜を見つめる。
彼女はうつむきしばらく無言でいたが、先ほどよりさらに小さな声で
「‥‥わかりません」と言った。
「聞こえない」御剣は厳しく言う。「検察官がそんな小さい声でどうする!」
まわりの7人もびくっと体を震わせる。
「わかりません」仁菜はさっきより大きい声で言った。「課題ができませんでした」