虹の検事局・前編
□第8話(4P)
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「できませんでした、とはどういう意味だろうか。読んでいないのか、読んでもわからなかったのか?」
「読んでいません」
「なぜだ!」
強い声に、仁菜の肩が震える。無関係な一番前の席の女性の目が潤み、今にも泣き出しそうだ。
「‥‥‥疲れて寝てしまいました。すみません」
御剣は大きな溜息をついた。
「キミたちは新人とはいえ、もう検事だということを忘れてもらっては困る。研修であれば、疲れて寝てしまいました、すみません、で済むだろう。だが、法廷は待ってはくれない。裁判で、『資料を読んでいませんでした』で済むと思うか?」
低く険しい声が、室内に響いた。
仁菜はうつむいたままだ。その姿をじっと見ながら、冷ややかな声で、御剣は続けた。
「余裕がないのに、夜中まで出歩くようなことは、慎むことだな」
御剣は、自分でもやりすぎているという気持ちがあった。しかし、いつになく苛立ちが抑えられなかった。
仁菜は、その言葉にはっとした表情で御剣を見たが、彼はさっと目を背けた。
「では、天杉くん、キミはどうだね」
天杉はビクンと体を震わせて立ち上がり、まとめて来たものを読みあげた。
その講義は、それから2時間続いたが、仁菜は、ほとんどうつむいたままだった。講義が終わると、仁菜は誰よりも早く荷物をまとめて会議室を出て行く。
御剣はその姿を見ないようにして、行列を作る新任の質問に答えることに没頭した。
■同日 検事局 13階 ゴドー検事執務室■
講義が終わり、ゴドー検事担当の新任検事たちが、彼の執務室のソファに集まり、コーヒーを飲んでいた。彼女らは、ときどきここで、ゴドーと共にコーヒータイムを過ごす。
ゴドーはいつも、彼女らのおしゃべりに参加するでもなく、しないでもなく、執務机で、裁判の資料作りをしている。とはいっても、彼は、綿密に資料を準備するというよりは、その場の直感で流れを決めていくタイプの検事だった。
ゴドーが受け持った新任検事は、今年は偶然にも女性のみ3人である。男性のほうが気楽だが、ときにはこれも悪くない、とゴドーは思う。