虹の検事局・前編
□第13話(5P)
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仁菜は酔っぱらい特有のゆっくりとした動きで、声のほうを振り返ると、「あれ? 御剣検事??」とのんびりした声で言う。カウンターの男は、「この人も検事さんなの? ものすごいイケメンねえ」とうっとりした目で御剣を見つめた。
「門限まであと5分だ。すぐ来いッ」
「エッ?!!」仁菜はガタガタと音を立てて椅子から飛び降りた。
御剣は、カウンターの男に「すまないが支払を済ます時間がない。あとで必ず払いに来させるから」と告げる。
男は、ただならぬようすに、コクリと頷いた。仁菜も「すみません」とカウンターに向かって頭を下げながら、御剣に続いて店を飛び出した。
店の外に出ると、御剣は「走るぞ!」と言うと、その大きい手で、仁菜の右手首をぐっとつかんだ。その手を引きながら走り出す。
仁菜は足がもつれそうになりながら、御剣に引かれた腕がもがれそうになりながら、必死に付いて行った。
「い、痛い‥‥」
走りながら仁菜は腕の痛みに耐えられなくなって言うが、「あと少し!」と離してくれない。
ホテルまでの最後の信号に引っかかった。2人とも大きく息をしている。
御剣は仁菜の手首をつかんでいた手を離し、「ここからは1人で行きたまえ。信号が青になったら、力をすべて振り絞って、玄関に飛び込むんだ、いいな?」と言って彼女のほうを見る。
仁菜は、荒い息をして、何度もうなずきながら大粒の涙を流していた。その涙を見た御剣はあわてて言った。
「すまない、そんなに痛かったか‥‥‥」
仁菜は首を振った。「違うんです。‥‥あ、兄のことを‥‥思い出してしまって‥‥‥すみません!!」
兄に手を引かれて、いろんなところに行った。手をひっぱられて走ったこともある。
その手が痛くて、泣いたことも‥‥‥‥。そんな時、兄はいつも‥‥‥‥‥。
仁菜はしゃくりあげた。「‥‥‥す‥‥すみません‥‥‥」
御剣につかまれていた手首に懐かしいぬくもりが残っていた。