虹の検事局・後編

□第19話(5P)
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 挨拶を交わしたあと、亜内が「ちょっと電話を」と、その場を離れた。気まずくなった仁菜は、無表情のまま英字新聞をまた開こうとしている御剣に、おずおずと声をかけた。
「‥‥同行は、糸鋸刑事ですか?」
 彼女は、あたりを見回すが、気配がない。飲み物でも買いに走らされてるのだろうか?
「いや、私ひとりだ。今回は現場ではないからな。英語にうといイトノコギリ刑事がいてもジャマになるだけだ」
 相変わらずの容赦のなさに、仁菜は思わず苦笑する。

「私は、新任なのに同行させてもらえて、亜内検事に感謝してるんです」
 そう言う仁菜に、御剣が鋭い眼差しを向けた。
「私が指導した新任の英語力は、局内で定評があるのだ。感謝なら私にしたまえ」
「あっ! その通りです。ご指導ありがとうございました」
 焦ってそう言う仁菜を見て、彼はふっと笑う。

(いつもの御剣検事っぽい‥‥‥よかった)
 少し安心した彼女は、うつむき気味に口を開いた。
「せ、先日は、あの‥‥‥いろいろ、申し訳ありませんでした。たくさん、失礼なこと言ってしまいました‥‥‥よね?」最後は御剣に問いかける。酔っていたし、正直カッとなっていたし、何を言ったのか細かく覚えていなかった。
「いや‥‥‥私のほうも、その‥‥‥。ちょっと、アレだったな」
 御剣は少し照れくさそうな顔をしていた。目を合わせようとしないが、怒ってはいないようだった。仁菜はほっとする。


 電話が終わった亜内と、到着後について確認し合うと、御剣は当然のようにファーストクラスのチェックインに足を向けた。その先には、黒とゴールドを基調とした重厚感のあるデザインのカウンターがあった。御剣の背中に、亜内が声をかける。
「私達のチケットはエコノミーなので」

 検事とはいえ、一介の公務員である仁菜たちに、ファーストクラスの経費が出るわけはなく、ましてや自費で出す余裕があるわけもない。それはベテラン検事である亜内も同じだ。
 御剣が振り返って立ち止まる。いつものように眉間にシワを寄せているが、その目にあるのは同情の光だと気づいて、仁菜はちょっと傷つく。

「では、私もそちらと一緒に‥‥‥」
 御剣の言葉に、仁菜の顔はぱっと明るくなった。
 しかし、亜内が「いやいや、お気遣いなく、結構ですから」と押しとどめる。御剣は、仁菜と一瞬目を合わせてから、「そうですか」とまた戻って行った。



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