虹の検事局・後編

□第22話(5P)
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 御剣は、窓を背にして本棚に体をあずけて立ち、口の片方のはしを上げている。冗談じゃなさそうなその表情に、仁菜は胸がきゅんとする。思わず、彼が立つ場所の右側に置いてある紅茶セットに視線を移した。下の棚には見たこともないような紅茶の缶が並んでいる。

「ゴドー検事のところには、よくコーヒーを飲みに行っていたのだろう?」
 そう言う御剣の声はぎこちなくて、すこし言いにくそうだ。

「よく、というか時々ですよ‥‥‥。そんなこと言うと、わ、私、本当に、紅茶飲みに来ちゃいますよ?」
 御剣は、「ああ」と言って頷く。
「御剣検事がすごく忙しくて大変な時とかにも、来ちゃうかもしれませんよ? ここは喫茶店じゃないんだ、いい加減にしろって言いたくなるかもしれませんよ?」
 御剣は、それにはもう答えず、「好きな茶葉の種類を聞いておこう」

「えっ。ちゃば? あっ‥‥‥ フ、フルーツの‥‥アップルティーとか?」

 狩魔冥検事の好きな紅茶が置いてあるのは、糸鋸刑事に聞いて、彼女も知っていた。もしかして、自分のためにも用意してくれるのだろうか? まさか。あり得ない。きっと冗談だ。御剣検事の執務室に自分用の茶葉があるとか‥‥‥仁菜は、頭の中が何かでいっぱいになって爆発しそうな気分になってきた。


 しばらくするとノックの音がして、御剣がドアを開ける。制服を着たホテルボーイが指示された通りに、ワゴンをソファの前に置いた。ボーイがよく磨かれた銀のクロッシュを取ると、果物とケーキが美しく配置されたプレートだった。ボーイは、室内に向かって恭しくお辞儀をすると出て行った。
 仁菜はいろんなことが不思議だったが、とりあえず口を閉ざして状況を見守る。

 御剣は慣れた手つきで紅茶を注ぐと、仁菜に渡した。彼はソファには座らず、ティーカップを持ってその傍に立ち、執務机の上に軽く腰を預けた。仁菜は、照れくさくて、どうしてもうつむき加減になってしまう。視界の先には、彼の軽くクロスさせた足元がある。すこし光沢のある質の良さそうな黒い生地のパンツは、相変わらず折り目がぴしっとして、靴はぴかぴかだ。

 それでも、仁菜は温かいお茶を飲んでいるうちに、体も温まり、気持ちがだいぶ落ち着いて来た。
「デザートもいただきます!」
 彼女はワゴンをテーブルがわりにしてカップを置くと、御剣がプレートから取り分けてくれていたデザートの皿を取った。紅茶を注ぐのに比べて、取り分けるのはやや難儀そうだったが、仁菜にはやらせてくれなかった。
 彼女は生クリームとソースの載ったフルーツを口に入れる。
 期待以上の美味しさに、近くに御剣がいることも忘れそうになって二口三口と食べたとき、彼がふっと笑った。



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