虹の検事局・後編
□第22話(5P)
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「どうしました?」仁菜は、見慣れない御剣の優しい目にどぎまぎする。
「ちょっといいだろうか」
彼は手にしていた紅茶の皿を執務机に置くと、仁菜の近くに腰を下ろした。片腕をソファの背に沿わせて、彼女の顔をじっと見つめる。珍しく口の両端が上がって、眉間のシワが、ない。
(なになになに!?)仁菜は、デザートの皿とフォークを持ったままの形で固まる。
彼は胸ポケットの白いチーフを取って、仁菜の鼻先に手を伸ばし、それでさっと拭った。
「その‥‥。クリームがな」
「ああっ、スミマセン」
仁菜は真っ赤になる。彼は、そんな彼女の様子を見て軽くほほえむと、ソファから立ち上がって、元の場所に戻った。
飛行機でのこととか、いろんなことが思い出されて、仁菜は心臓がバクバクしてくる。付き合っている人はいるのかとか、へんなことを口走ってしまいそうで、顔を上げられない。仁菜はそのまま、無言でデザートを食べ終えた。
* * * *
仁菜がふと腕時計を見と、結構な時間になっていた。いつの間に‥‥‥‥。御剣と一緒の時間はいつもあっという間だ。
「もう、こんな時間だ。そろそろ帰らないと」手にしていたティーカップを銀のワゴンの上に戻す。「わがまま聞いてもらって、ありがとうございました」
「いや。こちらこそ、つまらん場所を抜け出せて助かった。車で送りたいが、さっき少し酒を飲んでしまっている」
「大丈夫です。一人で帰れますから」
「一緒に官舎まで歩こう。ちょうどいい散歩になる」
大忘年会が終わって、仕事に戻る人が少なからずいるようで、検事局にはひと気が戻っている。前庭から見上げると、窓にいくつか明かりが増えていた。
2人は官舎までの並木道を並んで歩く。北風が吹いていて、仁菜はマフラーをぐるぐる巻いて、両手でぎゅっと押さえた。御剣は、風に吹かれた前髪が顔にかかるのを時々手で払っている。仁菜は、黒いコートから出ている、彼の大きな手を見る。また繋げたらいいのに‥‥‥。
彼の横顔を見上げると、いつになく穏やかな表情をしていた。このあいだの夜、道ばたで説教されたときとはずいぶん違う。