SIDE STORIES
□TRAP(6P)
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「お互い仕事中だろう」
御剣は、冷然ともいえる口調で言った。「その程度のことで、ひどいなどと大げさな」
彼の目は、仁菜の表情を確かめようともしない。
「‥‥そうですよね」
彼女は小さい声でそれだけ言って、壁の向こうにあるキッチンに向かった。
御剣の自宅とは比べものにならない狭いキッチン。仁菜はため息をついた。比べものにならない‥‥‥キッチンだけじゃなく、すべてがそうだ。なにもかも彼にはかなわない。そのことが時々すごく不安になる‥‥‥。そのうえ、あんなメールまで来るし‥‥‥。そう思っていると、じわじわと目頭が熱くなり、ぽろりと、涙が流れた。
涙をぬぐっていると、御剣が、こちらに歩いてくる足音がする。仁菜はあわてて、これまた狭いバスルームに飛び込んでドアを閉めた。
顔を洗って、涙のあとがないことを確かめてからキッチンに戻る。御剣はダイニングのほうに戻っていた。仁菜は以前彼が持って来てくれた茶葉のうち、カフェインが少ないと教えられたものでお茶をいれ、部屋に戻った。
彼は見たい報道が終わったのか、テレビを消していた。戻って来た仁菜に目を向ける。彼女は笑顔を浮かべて、テーブルにティーカップを置いた。
その様子を見ながら、御剣は静かに言った。
「私には、その程度、だが、キミには違うのだろうな」
仁菜の肩がぴくりとする。
「女性の気持ちを推し量るのが、どうも苦手だ」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥すまない」
仁菜は焦って涙目になりながら言った。
「違うんです! 私の問題なんです。私が不安で‥‥‥‥」
御剣は手をのばすと、立っている仁菜の両手を取った。そして、彼女の体を自分の膝の間に引き寄せる。
「私はなにか、キミを不安にさせているだろうか?」
御剣の瞳に見上げられ、仁菜の頬が少し赤くなる。
「キッチンが‥‥‥」
「キッチン?」御剣は、見つめたまま眉根を寄せた。
(ちがうちがう、そんなことじゃなくて)
「変なメールが‥‥‥」
「変なメール?」
「‥‥‥や、やっぱり、なんでもないです。気にしないで下さい!」
御剣はふっと笑って、仁菜の体をくるりと後ろ向きにして、膝の上に乗せた。正確には、片方の太腿の上だ。意外に筋肉のついた硬い太腿。白いシャツに包まれた逞しい腕が、自分の前に回されて組まれているのを、彼女はどきどきしながら見つめた。
「仁菜」彼は彼女の肩ごしに、そっと言う。
「はい?」
「これからは気を付ける」
「えっ! あっ‥‥‥」
あの御剣検事にそんなことを言われて、彼女は思わず言葉に詰まった。仕事帰りでも、彼はいい匂いがした。