SIDE STORIES

□RAINBOW(5P)
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「牙琉検事のは昔からいっぱいあったみたいですけど、ついに御剣検事のも出てきたんですよ!」仁菜は嬉しそうに言う。
「なッ………。そ、それは肖像権が完全に無視されているではないか」
「まあ、そう固いこと言わずに、とにかく、これ読んでみてください。素晴らしい作品なんですよ………」涙を拭き拭き、仁菜は言う。

 その小説は、御剣と、かつてその師であった狩魔豪との確執と和解を扱った、格調高い純文学のような作品だと仁菜は説明した。それを読んで、彼女は泣いてしまったのだ。とにかく名作なのだと、彼女は力説する。

 猛烈な違和感を抱きつつ、そこまで言うならばと、御剣は、ダイニングチェアを仁菜の隣に並べて、読み始めた。小説とは言っても、本で言うなら、二、三十ページの短編で、御剣は、テーブルに片肘をつき、その手で顎を軽く支えたまま、半時間ほどでそれを読み終えた。
 彼と一緒に読んだ仁菜がまたティシュを何枚か取って目を押さえる。ラスト、御剣が落涙するシーンで、どうしても貰い泣きしてしまうのだと言う。

「御剣検事の来歴とか裁判歴とか、詳細に調べてあって、御剣検事の深い心情も描写してあって、こんな風に………こんな思いをかかえながら、御剣検事がこれまで生きてきたのではと想像すると、涙が止まらなくて………」

(何なのだいったい)

 御剣は理解不能だ。
 よくできた小説ではある、と彼も思う。全く事実と異なる独自の解釈を加えてはあるが、確かに、狩魔豪とは、長年の確執と葛藤があった。一連の事件のあと、検事としての価値観が根底から大きく揺らぎ、一時期、激しく落ち込んだのも認める。―――しかし、しかしだ。程無く私は立ち直った。今となっては、あの経験は、今の自分を作り上げるために必要なものだったと、むしろ価値を置いているのだ。今さら彼女にこのように泣いて同情される要素は何一つない。私はもう、悪夢に怯えてなどいない。だいたい、ここに描かれているこの男は誰だ。私ではない。

 とはいえ、感動してさめざめと涙をこぼしている仁菜に、彼はこの気持ちをどう伝えたらいいかわからない。自分にありもしない何かを勝手に投影されて不快なようでもあり、また、笑い出したくなるほど滑稽でもある。

「かなりの文章力と、そしてとてつもない想像力だな。キミの話によると、この作者はシロウトなのだな?」
「たぶんそうです」



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