SIDE STORIES

□DISTANCE[1/3] (5P)
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「ち、違いますよ」
 仁菜は大きな音にびくっとして、うっすら涙目になり御剣を見つめる。いつもなら思わず慰めたくなるその表情も、今は彼の神経を逆なでするだけだ。御剣は彼女の顔から目を逸らした。
 
「‥‥今日はキミに優しくする自信がない。悪いが帰ってもらえないだろうか」
「えっ‥‥‥」
「明日、大事な公判があるのだ」

 仁菜の瞳に映る御剣は、眉間に深いシワを寄せて、不機嫌そう、というより辛そうな表情を浮かべている。目の下の隈が、いつもよりひどい。
「公判‥‥‥‥あ‥‥‥」 
 彼女はやっと思い当たったのか、あわてて言った。「し、仕事の邪魔しないようにします‥‥‥」

 御剣は、その様子を見て深く息を吐いた。
「‥‥‥では、しばらく書斎で仕事をさせてもらう」
 彼は書類を抱えると、さっと立ち上がって部屋を出て行った。

 ****

 リビングに残された仁菜は、一人ソファに身動きもせず座っていた。

 明日は、御剣が担当している重要な裁判が、判決を迎える日だった。
 仁菜は彼の仕事の予定をまったく考慮せず来てしまったことを後悔していた。それを謝りたいと思うが、今、書斎をノックしたらまた怒らせてしまうにちがいない。もう帰ったほうがよさそうな気もするが、ちゃんと話ができないまま帰るのも寂しい‥‥‥彼女はぐるぐると考え、なかなか腰が上げられなかった。

 あれからずいぶん時間が経つが、御剣が書斎から出てくる気配はなかった。リビングの大きな窓から見える空の色は、徐々に暗くなっている。あたりの気温が落ちはじめ、体も冷えてきた。春だというのに、寒い日だった。

 やっぱり帰ろう‥‥‥そう思って、彼女は立ち上がった。
 と、急に頭から血の気が引いたようになり、立っていられない。椅子の肘掛をつかんで、また座り込んだ。ひどく気分が悪くなって、体中に冷や汗がにじむ。

 ‥‥‥ちょっとした貧血だ。しばらく横になって、それから帰ろう。彼女は、ふらふらと寝室に向かった。



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