SIDE STORIES

□DISTANCE[3/3] (3P)
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「そうか‥‥‥ここからはまだ見えるのだな」
 彼は横に立ち、彼女と同じように片手でフェンスをつかんで街のほうへ顔を向けた。遠くに見覚えのある2つのビルの光があった。

「子供の頃は、裁判所しか見ていなかった。父と同じように弁護士になって、あそこに通うのだと思っていた。まさかその隣で働くようになるとはな」
「‥‥‥」
「こうと決めていても、なかなか思い通りにはならないものだ」
「‥‥‥」

「‥‥‥キミを大事にしたかったのに、できなかった」
 フェンスをつかんだ手に額をつけるようにして、御剣は言った。仁菜は黙って首を横に振る。彼女の吐く息が震えていた。
 緑の匂いのする風が吹き抜けたあと、また御剣が口を開いた。

「付き合うのが怖いと思わせたのは、私の責任だ」

 風の音にまじって、仁菜の小さな嗚咽が彼の耳に届いた。

「泣かせてばかりだったな。そんなことにも、気づいていなかった」
 彼は、仁菜の横顔を見た。彼女はうつむいたまま、また首を振って絞り出すように言った。

「御剣検事は、いつだって優しかったですよ‥‥‥」

「‥‥‥私は、どんなときもキミへの気持ちが変わることはなかった。嫌いになる日が来るなど、到底考えられなかった」
 彼は、ゆっくりゆっくりそう言った。「それをキミに伝えればよかったのだ。こんな簡単なことが、なぜあの時わからなかったのだろう」

「御剣検事‥‥‥」

 そう言ったっきり、肩を震わせ泣き続ける仁菜を御剣は見つめる。

「仁菜‥‥‥。キミがここにいるということは、私はもう一度、期待してもいいのだろうか?」

 彼女は大きくしゃくりあげた。そしてうなずく。何度も。

 御剣の手は、最初おずおずと彼女の肩に触れた。震える背中に手をすべらせ、優しくさする。彼女が泣いたとき、いつもそうしていたように。それから、風で乱れた髪を梳いてやった。仁菜は彼を向き直り、自分から彼の広い胸に顔をうずめた。
 遠くの検事局の光が一瞬またたいて見えた。御剣は、失いかけていたものを、またその腕の中に取り戻した。

 彼女の手を取り、小さな温かさを自分の手の内に感じながら歩く帰り道、建物の窓の明かりがさっきとはまったく違う色に見えるのが、御剣には不思議だった。



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